『数理論理学』 → 挫折
執筆日時:
- 作者: 鹿島亮
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
- 発売日: 2009/10/01
- メディア: 単行本
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クロネコで届いたのだけど、数ページ繰っただけでムズかしくて到底全部読めないと絶望したので、諦めて斜め読みだけした。
とりあえずわかったのは、
- 数理論理学にはさまざまな証明体系があるが、本書ではその中でも自然演繹を中心に扱っている
- 自然演繹の健全性:前提がすべて正しければ結論も正しい
- 自然演繹の完全性:正しい結論はその前提から証明できる(健全性の逆)
- ほかにもヒルベルト流体系とシークエント計算という二つの体系が扱われる
- 古典論理のほかに、直観主義という立場がある。直観主義論理では、背理法規則が排除され、排中律をはじめとするいくつかの論理式が証明できなくなる。
- ちなみに古典論理のシークエント計算体系は LK と呼ばれるが、直観主義論理においては LJ と呼ばれる。LJ には LK にシークエントの右辺に2個以上の論理式の出現を許さない、とかいう制限が加えられる。
そもそも最初に出てくる導出図がよく分かんなくて、したがって書けず、眺めているしかない。P.29 を詳しく解説してくれている入門書があればいいなぁ……
数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)
- 作者: 小島寛之
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2012/12/10
- メディア: 新書
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と思っていたら、今読み始めた本に結構わかりやすく書いてあった。『数理論理学』を斜め読みしたおかげか、用語そのものは見慣れており、アレルギーは感じない。併せ読めば、初歩の初歩ぐらいは独学できそう。
なぜ論理学なのか
『人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ(1)』 - だるろぐ とか、『神を哲学した中世: ヨーロッパ精神の源流』 - だるろぐ とか読んでるうちに、なんとなく現代の論理学を学びたくなった。古代人も中世人もちゃんと“論理”を駆使していて、そのレベルは日常的な現代人のそれと大差ない。なのになぜ彼らの考えが素っ頓狂にみえるのかというと、要は前提となっている“世界”が異なるからなんだと思う。ただ、“論理”そのものも発展してるわけで、そっちについても多少知っておかないと単なる早合点だな、と。あと、“論理”が基礎なので、それが分かんないと結局あちこちで行き詰ってしまう。ここは腰を据えてちゃんと取り組むべきなんだろう。
“世界”を変えるスゴい考え方というのは、今まで天才がインスピレーションで得るモノなのだと思っていたけど、それはどうやら違う。彼らは“世界”を論理的に・突き詰めて考え抜いている。すると、ある部分が既存の“世界観”では説明できなくなって、新しい知的道具を創造して“世界観”を塗り替える必要が生まれる。“世界”とは、“世界観”にほかならない。だから、“世界観”が変われば“世界”も変わる。