『一神教の起源:旧約聖書の「神」はどこから来たのか』

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一神教の起源:旧約聖書の「神」はどこから来たのか (筑摩選書)

一神教の起源:旧約聖書の「神」はどこから来たのか (筑摩選書)

人間の行動原則の正し手を、
宗教に求めたユダヤ人。
哲学に求めたギリシア人。
法律に求めたローマ人。

と表現したのは塩野七生さんだけど、個人的にはどれも共同体に“贈与(贈与)”をプールしておくための桶のようなものだと思っている。

この桶には日々、みんなの贈与が投げ込まれ、同時に費消されていくのだけど、そもそも貯めておくためにはある種の“枠”のようなものを設けて、外に流れ出さないように工夫する必要がある。でないと、そもそも誰も安心して中にモノを入れられないからね。日本人はそのような装置として“義理と人情”“道徳”“空気”“ムラ意識”などを用いることが多い。桶を結んでいた交換(経済)システムが贈与に取って代わるまで、ほかとの違いを際立たせ、共同体の意識と力を統一する仕組みというのは必要不可欠だったのだと思う。

この意味では、先に挙げた塩野七生さんの言葉の中で“哲学に求めたギリシア人”だけが少し浮いている。ギリシア人は“ポリス”という排他的な共同体の枠をもっていた。しかし、ついぞそれから抜け出せず、最後にはマケドニアによってその小さな枠は叩き潰され、大きな枠に取り込まれる。まぁ、その枠も少し大きすぎたので、アレクサンドロスが死んだあとに身の丈にあった大きさに分割されてしまったのだけど。

閑話休題。

そういう枠としての宗教、という捉え方が正しいのかどうかわからないけれど、多神教と一神教を比べたときに、後者のほうがより強固な枠であることは確かだろう。これは偉大な発明だと思う。しかし、それは必然的に生まれたものではなく、いわば偶然の産物だった。思いついた人は少なくないのだが、しっかり根が張るところまで育て上げられた例はユダヤ教しかない。

たとえば、古代に一神教革命を進めた人物として本書でも挙げられている アメンホテプ4世 - Wikipedia (本書ではアメンヘテプ、またはアクエンアテン)は、結局その革命を根付かせることができなかった。キリスト教やイスラム教は、ユダヤ教の成功をもとにより普遍的な価値観を接ぎ木したものに過ぎない。

本書では、ユダヤ教が拝一神教(ある一神だけ崇める、ほかの神の存在を許容)から始まり、排他的一神教(他の髪の存在を否定)へ進むさまが描かれる。

わたしは初めであり、終わりである。
私をおいて神はない。

『イザヤ書』

面白いのは、バビロン捕囚 - Wikipedia という民族的災難を経験し、ヤハウェへの信仰が一時期薄れたとき、普通ならばそのままアメンホテプのときのように一神教が忘れ去られるところを、逆に“ユダヤ人に怒ったヤハウェがバビロニアを遣わして罰を与えた”と解釈することで救ったことだろう。ここにおいて、ヤハウェはユダヤ人の世界に住む神ではなく、ときには異民族を遣わして罰を与える世界的な神へと脱皮を果たした。信仰を取り戻したユダヤ人はやがてバビロンから開放されるが、そこで出エジプトの伝説が思い起こされ、それを追体験する。拝一神教時代のモーセの言葉が再解釈され、排他的一神教的な意味を帯び、深くユダヤ人に共有されるようになった。

著者によると、ユダヤ教は“5つの革命”によって進化(まさしく進化論的な意味で)してきた。

  1. エジプトの衰退、カナン都市国家の抗争、海の民の侵入といった混乱から自らを守るために、“エル”信仰によって繋がった“イスラエル”という民族が生まれる
  2. バアル崇拝の拡大に対向するために、異邦人を遣わしてイスラエルを罰する世界神としての“ヤハウェ”の観念を生み出す(“ヤハウェ”は“エル”と同視されつつ、影響を拡大させてゆく。人名にも「エル」系(~エル)より「ヨ」で始まったり「ヤ」で終わったりする「ヤハウェ」系の名前が増えた)
  3. ヨシヤ王と申命記運動。アメンホテプ的な改革が進められる(が、ヨシヤの非業の死によって改革は頓挫。バビロン捕囚が起こる)
  4. バビロン捕囚下で、イスラエルを罰する世界神としてのヤハウェを強調。また、全能なるヤハウェによる救い(今度はアケメネス朝ペルシアを遣わすのだが)を予言
  5. 第二イザヤによる排他的一神教宣言

マキャベリ的・ルソー的契機として民族的な苦難と救済の経験し、何人かの天才的な立法者(モーセ、ヨシュア、ヨシア、イザヤ……)の指導で革命的なジャンプアップを何度も果たしていった――というのが一神教としてのユダヤ教の歴史であったらしい。

とはいえ、ユダヤ教(やキリスト教)にも聖人崇拝みたいな多神教的要素も少なくないのが面白い。世界的な枠(イスラムでは“家”って表現するのかな)ってのはやっぱり大きすぎるのかもね。