「正義」に至る二つのアプローチ
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何が正義で、何が不正義かを判断する「正義の推論」(推論と正義 - だるろぐ)を行うにあたり、二つのアプローチがあるとセンは言う。
先験的制度尊重主義
理想的な制度を先験的(ア・プリオリ)に特定しようと試みるアプローチ。その理想とする公正な社会制度が現実社会の行動規範にも大きな影響を与える場合もあるが、基本的には現実社会には直接焦点を合わせようとしない。トマス・ホッブズが始め、ジョン・ロック、ジャン=ジャック・ルソー、イマヌエル・カントがさらに展開させた「契約論」的な考え方と関連している。また、現在の傑出した正義論の論者、ジョン・ロールズ、ロナルド・ドゥオーキン(ロナルド・ドウォーキン - Wikipedia)、デイヴィド・ゴティエ(合意による道徳)、ロバート・ノージックなどもこの立場を採用してきた。
現代の政治哲学の主流は、「先験的制度尊重主義」の伝統に根ざしている。
実現ベースの比較
一方「実現ベースの比較」は、現実の社会と比較しより公正な社会を提示する、「実現性重視」のアプローチだ。「実現性重視」のアプローチの目標は、理想的な制度の選択ではなく、現実に存在する明白な不正義を取り除くことにある。この方法は、コンドルセ(ニコラ・ド・コンドルセ - Wikipedia)、アダム・スミス、ジェレミー・ベンサム、メアリー・ウルストンクラフト(メアリ・ウルストンクラフト - Wikipedia)、カール・マルクス、ジョン・スチュアート・ミルなどに見ることができ、アマルティア・センも採用する。
先験的制度尊重主義 | 実現ベースの比較 | |
---|---|---|
出発点 | (理論的)原初状態 | 現実社会 |
目的 | 正義を求める | 不正義を取り除く |
重視 | 契約重視 | 実現性重視 |
スローガン | 何が完全に平等な制度か | どうすれば正義は促進されるか |
選択 | 選択肢としての制度 | 制度への選択肢 |
生活態度 | 観想的生活 | 活動的生活 |
インド | ニーティ | ニヤーヤ |
日本 | 建前(?) | 本音(?) |
おもな論者 | カント、ロールズ、ノージック | スミス、ベンサム、マルクス、セン |
先験的制度尊重主義の問題点
センは「先験的制度尊重主義」アプローチには
- 唯一の先験的合意の実現可能性(実行不可能性、「三人の子どもと一本の笛」)
- 先験的な解を求めようとすることの過剰性(誰しもがガンディーやキング牧師になる必要はない)
の問題があると指摘する。個人的にも同意するが「実現ベースの比較」が普遍的な分析にのせ難く、共通の言葉でさまざまな「実現ベースの比較」アプリーチの間で会話ができていないのが惜しいとも思う。ルソーは別として、共和主義者の標準的なアプローチは常に「実現ベースの比較」だった。
- 作者: アマルティアセン,池本幸生
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