「私は頼られるのは好きだが、あてにされるのは嫌いなんだ」
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夏休み。遊んで、食べて、寝て、笑って、宿題のことなどさっぱり忘れてしまっていた内田は、千秋に宿題を写させてくれとせがむが、すげなく断られる。それでもあきらめずにマコちゃんをけしかけてさらなる説得を試みるのだが……千秋は眠そうな声でこう突き放す。
「私は頼られるのは好きだが、あてにされるのは嫌いなんだ。」
『みなみけ おかえり』より
「頼り」と「あて」の間にある、微妙な差異をうまく表現していて(さすが、秀才派の千秋!)興味深い。
「頼り」と「あて」を隔てるモノ――お約束としての
「頼り」と「あて」の間にある差異とは。もう少し千秋の言葉を聞いてみよう。
「マコちゃん、耳貸しな。」
「――私だって鬼じゃない。内田がよーく反省したら、答えを見せてやろうと思っている。」
要するに、千秋にとっては“内田の反省”というプロセスが重要であるようだ。千秋は日頃から内田をバカだと思っている*1ので(しかし、そこが嫌いなわけではないようだ)、今さら態度が改まるとは期待していない。なので、その求める反省も、所詮「お約束の」「儀礼的な」ものにとどまる。実際、内田が「うぅ……そんなぁ」と困った態度を表すと、あっさりノートを貸している。
「内田。丸写しはダメだ。適当に間違えろよー。」
「頼り」と「あて」を隔てるモノ――言葉の意味から
ブログなのでここで“はい、隔てるモノはある種の「儀礼」でした!”で済ませてもいいのだけど、今日はもう少し掘り下げてみよう。今度は言葉の意味から、というわけで、辞書を引いてみる。とはいえ、オンライン辞書だけど。
たより【頼り/便り】
1 (頼り)何かをするためのよりどころとして、たよっているもの。頼み。「地図を―に家を探す」「兄を―にする」
2 (便り)何かについての情報。手紙。知らせ。「―が届く」「風の―に聞く」
3 縁故。てづる。「―を求めて上京する」
4 都合のよいこと。便利なこと。
「凄涼たる夜色…落ち行くには―よしと」〈竜渓・経国美談〉
5 あることをするきっかけ、手がかり。
「彼の幽玄なる仏道をも窺い見るべき―となる」〈逍遥・小説神髄〉
6 つくりぐあい。配置。
「簀子(すのこ)、透垣(すいかい)の―をかしく」〈徒然・一〇〉
まずは「頼り」。個人的には、3の“縁故”(人と人との特別なかかわりあい。よしみ。つて。 えんこ【縁故】の意味 - 国語辞書 - goo辞書)という意味が目に留まる。1の例文「兄を頼りにする」も多分に“縁故”の匂いを纏っている。今でこそ“息苦しさ”を感じさせることもある言葉ではあるけれど、交換経済がまだたちあらわれていない、贈与経済中心の古代・中世において、“縁故”は重要な“手がかり”であり、“都合のよいこと。便利なこと”であったに違いない。
あて【当て/宛】
[名]
1 行動の目当て。目標。目的。「―もなくうろつく」
2 将来に対する見通し。先行きの見込み。「借金を返す―がない」
3 心の中で期待している物事。頼り。「父からの援助は―にできない」
4 借金のかた。抵当。
「此指環…を―に少し貸して頂戴な」〈魯庵・社会百面相〉
5 (他の語の下に付いて)
①保護するためにあてがうもの。「ひじ―」「すね―」
②ぶつけあうこと。「鞘(さや)―」
[接尾](宛)名詞・代名詞に付く。
1 配分する数量・割合を表す。あたり。「ひとり―二個」
2 送り先・差し出し先を示す。「下宿―に荷物を送る」
一方、「あて」のほうは肉肉しさを失って、少し機械的・合目的的・計量的な雰囲気を帯びる*2。さらには“抵当”などという交換経済の用語そのままの言葉まで飛び出す始末だ。
これ以上はめんどくさいので、結論を披露してしまおう。
「頼り」とは、比較的強固な相互贈与(互恵)の循環関係が成り立っている間柄(たとえば“縁故”)から自分の利益を引き出すことをいう。
引き出した利益はいずれ(縁故へ)返さなければならないし、利益を引き出すときは“それとなく(儀礼)”行われなければならない。注意深く前例を踏襲し、もしそれを踏み外した要求であるのならば、相手が自分の“手段”になっていないこと、日頃の“よしみ”の延長であることを証明しなくてはならない。
相互贈与の関係とは、義理や人情の関係と言い換えてよいかもしれない。それ自体が目的であり、価値でなくてはならず、たとえば金銭を得るための手段であってはならない。少なくとも、名目上はそうでなければならない。
しかし「あて」は、そうではない。「あて」においては、他人を手段化することが正当化されるし、むしろ奨励される。自分もそのように扱われることに納得しており、合意がすんでいる。
そのため、「あて」の世界では、だれかがやってくれることをあて(期待、見込み)にした行動(信用、投資)が可能だ。みながみな、それぞれのあてに応えられたなら、あての連鎖は広がり、その循環は過熱する。しかし、どこかでその連鎖が断ち切れれば、たちまち退潮していく。だから、あての世界では連鎖の維持が重要視される。契約が、人間性に優先する。
タヨリの倫理、アテの倫理
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まだまだザックリとした議論に過ぎないのだけれど、この話は『統治の倫理 市場の倫理』にもつながるんじゃないかなぁ、と気づいた。たとえば、軽く整理すればこんな感じになるだろう。
タヨリ | アテ | |
---|---|---|
社会 | 小さな社会 | 大きな社会 |
経済 | 贈与経済 | 交換経済 |
相手の手段化 | × | ○ |
貸借の計量化 | × | ○ |
紐帯 | 友情、義理、人情 | 所有権、契約、カネ |
考え | 前例主義、儀礼主義、序列主義 | 発明の尊重、契約主義、平等主義 |
(統治の倫理) | (市場の倫理) |
この本は大学1回生の頃に読んだのかな? 「統治の倫理と市場の倫理は混同すべきではない」というメッセージをもう一度読み直してみたい。身近にもよくあるでしょう? 贈与経済に生きる人と、交換社会のプロトコルを話す人が行き違ってしまって諍いになったり。
千秋はカンと頭が良くて、けれど冷徹というのではなく、ちゃんと人と人との関係を大切にしたいと願ういい子なんだと思う。だから、内田に宿題を課すという些細なできごとに問題を発見することができた。けれど、いつか大人になって、社会という不気味で巨大な機械と戦わなくちゃいけない。社会は内田のようには聞き分けがよくない。
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