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だるろぐ

明日できることは、今日しない。

ANA でプレミアムクラスデビューした(松山⇄羽田)

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いつもはジェットスターで安く済ますのですが、そろそろ株主優待券を消費しないと期限が切れてしまう & @shibayan と @mitsuba_yu に煽られて ANA のプレミアムクラスにデビューしました。

プレミアクラスのメリット

www.ana.co.jp

まず、メリットをおさらいしておきましょう。

搭乗手続きがスムーズ

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(via ANA SFC修行 (5) 羽田⇔鹿児島(NH621/NH630)プレミアムクラス | ANA SFC 修行.com

こんな感じの優先カウンターがあります。松山空港ではそれほど有効に感じないですが(そもそも人が多くないし)、この前の伊丹空港ではちょっとうんざりしたので、結構うれしいかも。

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(via 松山旅行記2015/02 羽田発松山行きNH585便・プレミアムクラス搭乗記 – 地滑小心な国内旅行ブログ

羽田空港には保安検査からラウンジ(後述)に直行できる入り口まであるらしいですね(気付かなかったぞ……orz)。手荷物を預ける機械にスーツケースをポイして、サクッとラウンジに通れるのはいいのかも。

プレミアムラウンジ

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搭乗手続きのあと、こじゃれたラウンジで休憩できます。ラウンジに入るときは、搭乗券(iPhone に保存したパスでもいいみたい)のバーコードを受け付けの読み取り機にかければいいみたいです。僕はよくわからなかったので、お姉さんに保安検査証をみせてしまったのですが……次こそは「(知ってるよ^^)」って顔してスマートに通りたいです(震え声

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ラウンジはとても過ごしやすいのですが、なんといってもビールとおつまみがタダだぞー!ついつい調子に乗って。行きしな(松山)は3杯ぐらい飲んでしまいました。帰りしな(羽田)は早朝便だったのでさすがにビールは控えて、コーヒー飲んでましたけど。

自分はビールを注ぐ機械の使い方が一瞬わからずにマゴマゴしてしまいました。グラスを置いてボタンを押すだけで自動で注いでくれるんだな……どのレバーをぶしゃっとすればビールがだばーって出てくるんだろう……って少し悩んで、ノズルにグラスをグリグリしてしまいました。壊さないでよかったです。

機内サービス

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(via ANA、”真の国内線仕様”787を投入 初の新プレミアムクラス導入機

シートが広い……。スリッパがあるのもいいなぁ……。リクライニングのボタン、なんか3つもあるぞ!?

――と、ちょっとウキウキして挙動不審だったところに、客室乗務員のお姉さんが隣に来、片膝をついて話しかけてきます。「おれ、なんか悪いことしたのか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」と一瞬焦ったのですが、ただの挨拶でした。なんか名前まで呼ばれて、本日はご搭乗ありがとうございます、ときたもんだ。きれいなお姉さんとこの距離で会話をするのはだいぶ久しぶりだったので、「ド、ドーモ」しか言えませんでしたが、さすがプレミアムクラスやなぁ、と感心してしまいますね。

隣のおじさんはかなりプレミアムクラスに慣れているようで、客室乗務員のお姉さんと楽しそうにお話をしていました。自分はとくにしゃべりたいとは思わなかったのですが(きれいなお姉さんがキビキビ働いているのを見てるだけで、すごくうれしい気分になる)、もう少し自然に振舞えるようになりたいですね(震え声

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あと、やっぱりお楽しみはごはんですな。松山 → 羽田便は夜出発だったので、夕食がでました。駅弁のちょっと豪華バージョンといった感じですが、フツーに美味しかったです。おかずの重箱はビールのアテにぴったりやなー。

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羽田 → 松山便は早朝だったので軽食。こっちはかわいらしくて、これまたフツーに美味しかったです。食事できる時間が正味1時間ないぐらいなのであんまりゆっくりできず、もしゃもしゃ忙しかったですけど、それもまたプレミアムっすなー。

降機と荷物受け取り

プレミアクラスは最初に降機できます。松山 → 羽田便はボーディングブリッジではなくバスでターミナルまで移動だったのですが、最初に降りられるためバスでも座れます。これは地味にプレミアム。夜便なら積極的にプレミアムクラスを使っていきたい!

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荷物も最初に出てくるので、ささっと空港を後にできるのもよし。ただ、どうせリムジンバスにのって市外へ向かうなら、この特典の意味は薄れてしまうかなー。実際、なんとなく調子に乗ってタクシーで家に帰っちゃいました(まぁ、松山は空港が街から近いので2,000円ちょっとで済みます)。

プレミアクラスのデメリット

ジェットスターなら 5,000 円~ 10,000 円ぐらいで済むのですが、プレミアクラスは株主優待や早期割引を使っても 20,000 円を超えます。お財布を直撃しますね。

あと、便によっては十分なメリットを引き出せないなと思いました。優先搭乗などのサービスは、空港が混む時間ならいざ知らず、空いている早朝や、松山空港みたいな小さな空港では少しメリットが薄いですね(とはいえ、松山空港も夜7時あたりは結構混むので、割とありかもしれない)。

自分は週末の夜に 松山 → 羽田、月曜の早朝に 羽田 → 松山 を使うケースが多いのですが、前者はかなりメリットが大きいけれど、後者はそれほどでもないかなって思いました。今回はいろいろ体験してみたかったので、行きと帰りの両方でプレミアクラスを使いましたが、次からはメリハリをつけて使っていきたいですね。

追伸

実家が市川なので、成田も羽田も時間的にはあまり変わらなかったり。むしろグリーン車的なものが羽田 ⇄ 市川にはないので(成田からだったらちょっと時間がかかるけど JR でグリーン車が使える)、電車での移動が堪えました。品川まで出て、そこから総武横須賀線のグリーン車ってのもちょっとアホらしいしなぁ。

割と便利:モバイルバッテリー+充電器=Anker PowerCore Fusion 5000

この前の東京帰りのために買ってみた。旅行のときは、やっぱり荷物は極力減らしたいしね……。

Anker PowerCore Fusion 5000 は、“Fusion”の名の通り

  • 5000mAh のモバイルバッテリー
  • USB 充電器(USB は 2ポート、折り畳みコンセント付き)

の2役をこなすエラいやつです。5000mAh は最近のモバイルバッテリーでは少し控えめな印象もありますが(最近、モンスターなバッテリーが多いからなぁ)、iPhone 7 を1.5回フル充電できるわけで、十分十分。それよりもコンパクトなのがうれしいよね。お値段も手ごろだし。

誰でも思いつきそうな単なるニコイチなんだけど、「とりあえずこれがあればなんとかなる」感はすごく頼りになる。なんで今までなかったんだろう……。

あと、バッテリーの充電忘れがないのがいい。モバイルバッテリーって割と充電するのめんどくない? 自分はいくつも持ってるけど、いつも肝心なときに家に忘れて居たり、放電してたりする。でも、こいつなら大丈夫。日ごろからコンセントにぶっ刺してモバイルデバイスの給電に使ってりゃ、勝手に充電される(あまりいい使い方ではないかもしれない)。もし充電を忘れても、出先でなんとかコンセントを確保できれば iPhone への給電と同時に充電できる。新幹線や飛行機だとコンセントは1つしかないから、給電と充電が一緒にできるのは心強いぜ……。

ぜいたくを言えば Macbook 対応の USB-C がついていればいいんだけど……さすがに難しいかな。でたら絶対買い足すと思う。

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とくに欠点らしい欠点は見当たらないけど、強いて言えば、ただのアダプターよりは重いのか、実家のコンセントで抜けやすかった。とはいえ、これはどっちかというと実家がボロなせいかもしれんと思わんでもない。気になるなら、延長ケーブルでも持っていけばいい……がそれほど不便は感じない(し、面倒だし、刺したままだとコンセントが折りたためる利点がなくなりそう)ので、そのまま運用するつもり。

37歳になりました。

37歳になりました。

「37」は、何の変哲もない数です。とくになにか区切りがいいだとか、節目になるだとか、そういう要素はまったくない。強いて言えば12番目の素数で、最小の非正則素数であることが一部の頭のおかしい(褒)数学徒を熱狂させる(ことがある)、という程度のものです。

しかし、個人的にはなんとなく看過しえない、そんな雰囲気を持つ数字でもあります。もしかすると『MASTERキートン』のとある話が思い出されるからかもしれません。

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MASTERキートン 2 完全版 (ビッグコミックススペシャル)

MASTERキートン 2 完全版 (ビッグコミックススペシャル)

『ニコ倫』は途中までしか読んでないし、『政治学』は積んだままという怠惰な僕には、これの正確な出典がわからないのですが、37歳というのは、アリストテレスがプラトンを喪い、アカデメイアを去った年齢であることよくは知られています[要出典]。緊迫するオリエント情勢の中、もはや箱庭のようなアカデメイアに籠って研鑽に励むだけの甘えた日々を送る訳にはいかなくなったことを自覚し、見聞を広めんと決意した年齢なのかもしれません[知らんけど]。孔子の「而立・不惑」に重ねて理解するのが正しいのかはわかりませんが、あるいは転機になる年齢だったのではないかって想像しちゃいますよね。

それにしても、本当の大人って何なんだろう?

37歳ともなれば、自分がどのような人間で、何ができる人間なのかを否応なく自覚してしまうものです。自分の能力と可能性、そして残された時間から、“自分がどの程度の人間で終わるのか”がなんとなく見えてきてしまい、そろそろそれを受け入れなければならない。勤め人でいえば「係長どまりかな、部長になれたら大成功だ」とか。そういうのと折り合いをつけて、諦めるところは諦めながら、これからの生を充足させる必要がある。

無論、「そんなの認めない!」っていう人生にもちょっと憧れますけどね。「そんなこと考えたくない、今やれることだけをやるだけだ」と仕事なんかに打ち込むのももちろんアリでしょう(過労には注意しろよな!)。

まぁ、生き方はいろいろなのだけど、同年代の友人をそれとなく観察するに、「生の限界」(要するに“しょうもない人間のまま死ぬ”ってこと)と向き合いつつも、自棄にならず、淡々と社会的立場をまっとうする、というのが「本当の大人」の在り方らしい(逆に、それに倦んだり、自棄になった人は、犯罪とかして社会を壊そうとする)。

ごく若い頃はそういう生き方に少し疑問も持っていたのだけど、最近ではそんな色々と制限のある中でいかに自由の翼を広げるのか、楽しく生きるのかを実践している人たちに割と羨望を感じたりもするのです。要するに、頑張ってちゃんと子どもを育てている人な。

自分が、結婚はともかく、「子どもがいるのうらやましいなー」と思うのも、自分ができそうもないことを次世代に達成してほしい、その役に立てたら自分が無駄ではないように感じられる、というのがある気がします。「自分にできないことを子どもに成し遂げてほしい」なんて虫のいいお願いと思われるかもしれませんが、別にそういうことを望んでいるのではなく、単に「自分の得たいくばくかの知識・経験(黒歴史)を継承し、それを活かして成長する次世代がみたい」という程度の意味です(じゃないと、俺は単に黒歴史まみれになっただけじゃないか!!)。“近代知識と記憶はそのまま、中世っぽい世界に転生して無双する”というチート系異世界転生、あれのできそこないをやる主人公をそっと見守るポジションにつきたい――みたいな。

あと、子育てをする人はみんな「大人」な感じがする。きっと毎日が大変ななかで、得るものも多いのだろうなぁ。自分が“そっと見守るポジション”など甘いことを言っているその瞬間でさえも、きっと実践的な学び(ex. おむつを取り換えることによって得られる生物学的知見、異種生命体とのコミュニケーション手法に関する研究、子育て支援に関する政治的考察)を得ているんでしょうね。周りが相互フィードバックによる爆発的成長を遂げる中、自分だけが置いて行かれているような、そういう寂しい気持ちも感じたりします。

とはいえ、プラクシスとポイエーシスの賜物と格闘する“常在戦場”な友人たちが羽を伸ばすダシに自分を呼んでくれるのは結構うれしいものだし(あいつら、自分の家では「俺は家族を優先したいんだが、やなぎが久しぶりに遊ぼうと五月蠅いから」だなんて言い訳をするらしいぞ! こんちくしょうめ!)、好きな本を読み、毎日12時間寝て、たまにふらっと出かける今の生活も正直捨てがたい。

さんざん反省っぽいことを言っておいてなんだけど、とりあえずはこの調子で何年かフリーダムに暮らすことになるんだろうなーなんて思っています。ゆっくり萎んでいく社会の再生産に何ら寄与しないまま、成熟しない・テオーリアから足を踏み出せない・頭でっかちでフリーライドな大人のままにね。

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追伸

関係ないけど、自分の誕生日プレゼントにオムレツを焼くためのフライパンを買いました! 中華鍋をもらってからちょっとハマってるんですよね、鉄鍋(たしか、去年か、その前の誕生日に買ってもらったんだっけ……ありがとう!)。

オイルポットも発注し(もっと早く買えばよかったぜ……)、これで自炊生活のクオリティがまた高まってしまう! いつもは卵2個でやってるんだけど、誕生日ぐらいは3個、4個使ってオムレツ作るのもありだよな……(;゚д゚)ゴクリ

『保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで 』

保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで (中公新書)

保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで (中公新書)

割と薄めだけど、ポイントを押さえたいい本かなーと思った。バークやチェスタトンなんかはともかく、日本の保守主義の流れはまったく知らなかったので(興味なかった!)自分には結構有用だった。

政治用語のご多分に漏れず、保守主義ってのも割と多義的というか、曖昧というか、つかみどころのない言葉だなぁ。

まず、リベラルのヒトたちが「自分たちとは意見を異にする(遅れた思想を持つ)ヒトたち」という意味で「保守主義」というレッテルを張るよね。その中から、(行き過ぎた)権威主義・(行き過ぎた)伝統主義・回帰主義っぽいのを取り除いたのが、ときどき「真の保守主義」と呼ばれるまっとうな意味での「保守主義」だけど、そのなかにもさまざまなポジショニングと利害対立があって、「コレが保守主義だ!」っていうのは割と定めがたい感じがする。

保守主義が守りたいもの

個人的には「保守主義」が尊重する“自由”と、リベラリストたちが求める“自由”に大きな相違があるのがまず問題だと思った。――ので、それに関する所見は先に述べておいた。

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簡単のため話をすごーく単純化すれば、保守主義者が反対するのは

  • 第1章「フランス革命と戦う」:理性の偏重、急激な変革
  • 第2章「社会主義と戦う」:ナイーブな進歩主義、理性の偏重、多様性の否定
  • 第3章「大きな政府と戦う」:行き過ぎた平等、原初的・経済的自由の否定、多様性の否定

みたいな感じかな(本書の章立てと併せてみた)。つまり、保守主義者が主張するのは

  • 理性には限界がある:経験には一階性論理では欠落しがちな“叡智”が眠っている、残っているものにはそれなりの見るべき点がある
  • 急激な進歩主義・革命はダメ:人は少しずつしか変われない、「ボクが考えた最強の社会」はだいたい間違っているから警戒しろ
  • 大きな社会は窮屈だ:ポリティカルコレクトはウザい、リベラルは多様性を謳うが、その実、理屈で多様性を上書きている(し、伝統と権威を傷つけている)
  • 現在の政治体制(国体、Constitution)を乱すな:文化や伝統、権威は社会を秩序立て、人々に安定した生活をもたらしている(変わりたい奴には窮屈だろうがな!)。通り一遍の理屈で傷つけるな

みたいな徳目だと思う。「壁がある意味・理由を知る前に壁を壊はならない」というヤツだ(正確な言葉は忘れた)。今ある自由を壊して得る自由とやらに懐疑的で、経験に眠る叡智を尊重しながら、受け継いだ理念の維持と漸進的拡充を目指す……感じ。個人的にもバークのような深慮ある保守主義は好きだ。

ただ、それはバークのようにミクロとマクロ、小さな世界と大きな世界、俗と聖、観想と実践の双方を思索的に相当回往復しているからこそで、向こう三軒の・俗な・行き当たりばったりの保守主義というのはやっぱり好きになれない。リベラルも保守も、自らの政治的ポジションを動かすための道具としてしか使われない(「今のままではおれが損だから世界が変れ」「今のままだと人生楽だからそのままがいい」)なら、それはとても醜いと思う。

保守主義(とリベラリズム)が描く理想は“いつ”あるか

さて、だいぶ我田引水なことを書きまくった気がするけど、本書を読んで得た“気付き”が一つある。

保守主義は、どこかある一点の過去の一点に“理想”の基準を置いているらしいということ*1

たとえば日本の保守主義の多くは、戦前――もしくは脳内で作られた“武士”の時代――のあたりに“理想”――往々にしてそれはフィクションだ――をピン留めしていて、それに回帰しようとしている。まともな保守主義は、それを“発展的に実現”しようとしている点では異なる。しかし、「今の日本はダメだから古き良き日本のエッセンスを取り戻したい」とは思っていると思う。

つまり、理想が現在にある保守主義と、過去にズレている保守主義があるんだな。日本では、本書の指摘するように、吉田茂が築いた“軽武装・高度経済国家”路線の維持が保守本流とみなされているが、一方で、もう少し過去にズレた“押し付けられた憲法により失われた本来の日本”を取り戻したい保守主義も相当数いる。

一方、リベラルは理想が未来にあるのがフツーなんだけど、日本ではそれがゲンジツ――平和憲法というある種の虚構――とまぁまぁ一致している。これは“軽武装・高度経済国家”路線の保守本流とまぁまぁ相性が良かった。なので、妥協・連携・提携も可能だったわけだけど、理想が未来にある本来のリベラルを思い描いていると、だいぶイメージが違うな。

――こうした指摘(自分の偏った解釈も含めて)は、ちょっと脳みそがすっきりした感じがしていい気分だった。

共和主義との違い

最後に、共和主義との違いも考えておきたいかな。

よい保守主義と、共和主義はたいへん似ていると思う。大きな自由を尊重しつつも、その基礎となる(そうであるはず!の)小さな自由――民主主義に基づく参加型コミュニティとしての政治――を大事にする。その道具として、権威・伝統(・宗教)には一定の前向き評価が与えられる。行き過ぎた経済的自由と、行き過ぎた法的自由(≒政治的正しさ)は、より基礎的な自由を破壊するだろう。

一方、保守主義は“理想”のあり方が若干固定的で、権威と伝統を重視しすぎるのかもしれない(単なるバランスの問題か、本質的な違いがあるのか?)。(ボクガカンガエタサイキョウノ)共和主義はその点、もう少し柔軟で、ゴールが自由そのものの最大化にある。なので、どこかにセットした“理念”から態度を出発させるのではなく、手探りで“理念”をどこにセットするかを考えるはずだ*2

また、共和主義の“理想”“理念”はいつも時間的に「ちょっと未来」にあると思う。過去にあったりする保守主義や、実現可能かわからないほど遠くにあったりするリベラルとはちょっと違うかなって気がした。

*1:逆に、リベラルはまだ見もしない未来の一点に“理想”を置いているという点で対を成しているな……これはネオリベラリズムとの違いかもしれない。彼らにとって重要なのは“現在”な感じがする

*2:そのポイントは論者によって異なるのでケンカになってしまうのだけど、それも共和主義的“討議”の範疇でもあるわけで

織田信長 vs 伊賀忍者最終決戦の地・伊賀柏原城を訪ねてみた。

この前、墓参りで名張へ帰ったついでに、赤目の柏原城を訪れてみました。

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天正伊賀の乱(織田信長 vs 伊賀忍者たち)で、伊賀衆が玉砕(? 後述)を遂げた城です。

プロローグ

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むかしむかし、伊賀の国を仁木氏(清和源氏、足利氏の祖・義康の庶長子・義清の流れ、管領・細川家の元)という守護が治めていました。しかし、東大寺をはじめとする寺院の荘園が多かったこともあり、仁木氏と坊主が対立、隣国の近江(六角)・伊勢(北畠)など諸勢力が絡み、割とカオスな状態になってしまっていまいました。

ただでさえ豊かとはいえない伊賀で血みどろの抗争を続ける――そんな状況に終止符を打とうと立ち上がったのが、百地氏・藤林氏・服部氏をはじめとする「伊賀十二人衆」でした。彼らは十一ヶ条からなる掟を定め、合議体制“惣”を敷き、諸外国の干渉を退けます。また、長い戦乱で鍛えた攪乱・諜報能の力を海外へ売り込む、現在でいうところの人材派遣業にも力を入れました。これがいわゆる忍者です(話半分に聞いてね)。百地氏、藤林氏、服部氏を“伊賀上忍三家”とし、それぞれが中忍と呼ばれる中間管理職を監督、中忍が下っ端である下忍をこき使うという、日本伝統の下請け構造がここに完成したのです。

こうして伊賀衆は幸せに(?)暮らしていたのですが――

覇王、降臨

永禄10(1567)年、織田信長が次男・信勝を伊勢の北畠具教の養子にねじ込み、伊勢を手中に。天正4(1576)年には北畠具教を暗殺して禍根を絶ち、伊勢の支配を盤石とします。すでに近江の六角は亡く、大和の筒井氏も傘下。織田家に「伊賀も占領しとこかな?(別に要らんけど)」という機運が高まってきます。天正7年(1579年)、伊賀忍者・下山甲斐が“惣”を裏切り、「伊賀の団結なんてたいしたもんじゃおまへんで」と、織田家に伊賀侵攻を進言。父・信長にちょっといいところを見せたかったのか、織田(北畠)信雄はこの言葉に乗り、丸山城(現・伊賀鉄道丸山駅のあたり?)を修築して侵略の拠点としました。

これを耳聡い忍者たちが見逃すはずがありません。どこからともなく現れた大量の忍者たちが丸山城を奇襲、信雄は大敗を喫して伊勢に逃げ帰りました(第一次天正伊賀の乱)。

これを聞いてムカチャッカファイヤー(死語)したのが、パパ・信長です。信長は信雄の勝手を叱る(「絶縁するぞ、コラ(# ゚Д゚)」)一方で、2年後の天正9(1581)年、4万の兵を率いて四方から伊賀へ退去侵入しました。これが第二次天正伊賀の乱です。

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陣容は、近江から

  • 玉滝口:蒲生氏郷、脇坂安治ら 7,000余騎
  • 多羅尾口:堀秀政ら 2,300余騎

玉滝口は伊賀衆に棟梁を殺されて遺恨を抱いていた柘植氏が先導、多羅尾口は甲賀忍者・多羅尾光俊が手引きします。

そして、伊勢から主力の

  • 柘植口:丹羽長秀、滝川一益ら 12,000
  • 伊勢地口:北畠信雄ら 10,000余騎

が、最後に大和からの応援

  • 笠間口:筒井順慶ら 3,700余騎
  • 初瀬口:浅野長政ら 7,000余騎

が同時に侵入するという手はず。(地図は割と適当です)。めっちゃ本気ですね。

伊賀衆は先導役の伊賀衆を殺害するなどして抵抗しますが、近江・大和の軍勢を抑えきれず、比自山城で包囲されます。ここで散々抵抗し、攻め手を疲れさせたところへお得意の刺客を放って筒井順慶の首を狙うなどしますが、敵方にいた伊賀忍者に気付かれ失敗。丹羽長秀、滝川一益ら伊勢本隊の接近を察知するや、夜陰に紛れて城を捨て、城兵はみな逃亡しました。蛻の殻となった城を占領した織田軍は悔しがり、城や近隣の諸堂をことごとく焼き払ったそうです。

そして、決戦

その後は全土でゲリラ作戦を展開。主力を南伊賀、滝野吉政の居城・柏原城に集めて織田信雄の軍を引き付け、力攻めを跳ねのける一方で、北伊賀では土豪の決起を促し、織田の兵站・忍田城を攻撃せしむるなどして苦しめました。

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しかし、多勢に無勢、伊賀衆は次第に追い詰められていきます。とくに一度命を狙われた筒井順慶などは激おこで、「一人なりとも許すことは相ならぬ」と、伊賀の民衆を虐殺したそうです(まぁ、ゲリラだしね、敵味方わかんないからしょうがないかもね)。

そしてとうとう、柏原城は十重二十重に包囲され、外部との連絡を完全に断たれてしまいました。所謂、兵糧攻めですね。これを打開するために、決死の忍者3人が城を抜け出て、織田軍の背後で農民を使って松明で陽動を行い、脅かすなどしましたが、これは丹羽長秀に見破られて失敗しています。

万策尽きるとはこのことでしょう。柏原城は天正9年秋、陥落。滝野吉政が城兵の人命保護を条件に信雄と交渉して和睦したとも、裏切りが起こって落城したとも言われています。

柏原城

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柏原城は、近鉄赤目口駅(名張駅から大阪寄りに一駅)から徒歩15分ぐらいのところです。

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赤目といえば、やっぱり温泉と“赤目四十八滝”ですかね。いろんな滝が連なっていて、目に楽しく、なかなか良いハイキングコースです。天然記念物に指定されているオオサンショウウオを見ることもできます(割とおいしい美味しいらしいのですけど、絶滅危惧種なので食べちゃダメですよ)。

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城址までは、いかにも伊賀っぽい田んぼ道。ところどころに小さな案内がでているので、あんまり迷うことはないと思います。

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勝手神社という神社があれば、城址はすぐそこです。

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いかにも、な石碑もたってますね。この辺りはかつて信仰が厚く、大小さまざまな寺社があったらしいのですが、いつしかその多くが廃れてしまったのだそうです。しかし、滝野吉政が勧請したというこの神社は村民の崇敬を受け、文禄2年に再建されたという立派な社殿を受け継いでいます。このあたりの公民館も併設されているようで、僕が訪れた時はなにか熱心におじさんたちが議論をしていました。

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城址は勝手神社の裏側にあります。見た目はこんもりとした山ですね。

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入り口には地元の人たちが建ててくれた柏原城(滝野城)の由来をみることができます。伊賀土豪千六百余りがここに籠り、三万数千の織田軍とたたかったとの由。

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中に踏み入ると、「勝手神社にお城の資料を置いてあるからどうぞやで」みたいなお手紙が置いてありました。痛み入ります、あとで忘れずにもらって帰らないと。

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あと、マムシに注意ですね。僕はこの名張市で10年ぐらい住んでいたのですが、裏庭のビールの空き瓶ケースにマムシが住み着いて、割と困ったことがあります。伊賀はマムシに愛されておる。

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申し訳程度の大きさの虎口を抜けると、すり鉢状の広場に出ました。ここが本丸なのかな。入るときに超えてきた溝が、お堀というわけですね。この規模でよくも千人以上収容して、三万の大軍をしのいだな。今ではちょっと当時の様子がよくわからないのですが、実際は勝手神社のあたりまで城塞化されていたんでしょうね。

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本丸の隅には“お滝女郎化粧井戸”という井戸がポツンとあります。建てられていた看板によると、近所にお滝と吉松という許嫁同志がいたのですが(リア充爆発しろ)、結婚の直前、吉松が病死してしまったのだそう。愛する吉松を喪ったお滝は、この井戸に身投げして死んだのだそうな(涙)。

あるいは、祭りのとき、獅子舞に追われて逃げる途中、この井戸に落ちたのだとか、美人のお滝さんが化粧水として組み上げていた井戸だとかいう説もあるそうです――おい、さっきの俺の涙、返せ。

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本丸の周りは土が盛ってあるのでしょうか。登ると、その外には深めの堀が掘られていました。この辺りはちょっとお城の雰囲気あるなぁ。

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帰りにもう一度勝手神社に寄り、資料をいただいてきました。ありがとうのお賽銭も多めにいれて、おみくじも引いてみましたが、“小吉”でした。恋愛は「良い人です信じなさい(誰をだよ!)」、縁談は「いろいろさわりあり ひそかにすればよし(密かに?)」でした。

極楽寺&和紙製造

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帰りはちょっと足を延ばして、極楽寺に寄りました。

奈良東大寺二月堂で、毎年3月12日に行われる「お水取り」の行事に使用される松明(たいまつ)を、およそ760年前からここ伊賀国一ノ井(現在の名張市赤目町一ノ井)の地より、毎年調進させていただいています。

極楽寺 東大寺二月堂の修二会(お水取り)に、松明をお納めしています

さっきの伊賀の適当歴史でもちょっと触れましたが、このあたりは東大寺などの荘園が多かったようで、その縁でしょうかね。

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ここいらの集落の規模にしては立派なお寺ですが、このあたりは明治から昭和初期にかけて、赤目滝から出る宇陀川(淀川の上流に当たります)の清流を利用した手すき和紙の生産で栄えたのだそうです。作られたわしは伊賀上野へ送られ、当地の特産である和傘の製造に使われたのだそうな。

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柏原城(滝野城)、極楽寺、手すき和紙は、地元で盛んな「名張郷土かるた」にも取り入れられているのですが――

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毎年一族で遊んでたりするのに、恥ずかしながらちゃんと足を運んで見に行ったのは初めてで、いろいろ感慨深かったです。また機会があれば、上野の方の史跡も訪ねたいですね。

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四つの自由

自由(じゆう)
liberty; freedom; Freiheit; liberté

一般的には,心のままであること,あるいは外的束縛や強制がないことを意味する。哲学上は,人間が行為する際に一つの対象を必然的に追求するのではなく,それ以外の対象をも選びうる能力をいう。

自由(じゆう)とは - コトバンク

一口に自由と言ってもさまざまで、明確に定義するのはなかなか難しいけれど、ここでは単に「可能性」と言い換えられるものと捉えておく。つまり、自由とは可能性の多さであり、選択肢の多さだ(実際にそれを選びうる状態・状況にあるか、能力を発揮できるかは、とりあえず置いておく)。

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さて、自由は歴史上、一般的に、ときどき退行しながらも、それを乗り越えて発展・拡大してきた。たとえば、現代の私たちは、北京原人より自由だ(たぶん)。北京ダックを食べる自由、博物館で北京原人の骨を鑑賞する自由……いろいろ。

しかし、その一方で、不自由も多く抱えている。たとえば、北京原人は当たり前のように享受していたのに、現代人にはできない自由がある。気に入った場所で寝転んで一夜を明かす自由(通報される)、艶々とした毛皮を持つ獣を狩る自由(免許と狩猟が可能な期間が定められている)、そのたもろもろ。

つまり、ある自由は他の自由を基礎・基盤としている(1)。自由が歴史上、なんども退行を強いられてきたのは、基盤となる自由を損ない、その上の自由を失ったからだ。死んで日照権を欲するのは不可能だし、内乱時に事業を起こし継続するのは難しい(“死の商人”みたいなのは別にして)。

また、ある自由は他の自由を制限する場合がある(2)。そのため、全体としての自由は拡充されたのに、あるヒトによっては自由が制限されたと感じることもある(パレート改善ではない。政治的な紛争につながる)。さらには、発生学におけるオーガナイザーのように、ある発達段階においては必要があり生まれた自由が、次の段階では不要となり、退化を強いられる自由もある(たぶん*1)。つまり、自由の分析は観念的であるよりも、歴史的(3)に行われるべきだ。

そんなわけで、自由は、その階層性(1)と対立(2)、そして歴史性(3)を考慮しながら、もう少し分割して考えた方がよいように思われる。

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今回は独断と偏見で4つに分けた。

四つの自由(The Sign of Four みたいなノリで)

1. 原始的自由

個人が(非(市民)社会的な)自然空間で行使する自由である。自分は“サルの自由”という愛称で呼んでいる(おサルさん、ごめんね)。

原始的自由しかない世界(← 表現がだいぶおかしいが)では、ヒトは地形や気候、植生など環境の制限内でなんでも行うことができる。

まばらに分布するなら(ルソー的自然状態?)平和だが、人口密度があがると互いの互いに対する闘争に陥るだろう(ホッブズ的自然状態)。

仮に取引が行われても、一度の裏切りが裏切りの連鎖を生むため、長く安定して継続されることはない。そのため、高次な社会的自由はかなり制限されている。

2. 古典的自由(共和的自由)

この自由においては、相互贈与による恩恵(自由)が得られる。債務が履行されない場合であっても、原始的自由で認められていた暴力による問題の解決は認められない。原初的な司法機関で解決が図られる(法治主義)。

秩序を維持するために、権威や倫理、道徳が重んじられる。これを身に着けていないものは、直接的または間接的に社会的制裁を受けるため、自由を制限される。

(都市)共同体や(市民)社会の成立により、法的な自由と、経済的な自由の観念が芽生えるが、古典的な価値観によってそれは制限される。法律や自由な行き来、金銭的取引よりも、情念や恩義、権威、血縁、地縁などが優先される。

3. 法的自由

この自由では、共同体内でしか通用しないドメスティックなルール(小さな社会の)から、共同体間または共同体に関わらず(大きな社会で)通用する普遍的なルールが指向される。鄭の子産が危惧したようにリクツがリクツを生み、論理的正当性をもって社会を変革しようとする。

恩義、権威、血縁、地縁などの古典的徳目を否定して、権利のベースライン向上(基本的人権)と平等(と分配)を目指す。

支持を得たいエリートと、それによって利益を受ける貧民に支持されてきた。たいていは(財政および機能的に)大きな政府を志向する。

4. 経済的自由

贈与を“貨幣”というトークンで計り、匿名化する。それにより、相対や狭い縁の中で行われてきた取引を共同体内または共同体間に開放することで、自由を拡張する。

所有と契約、共同体内・間の移動を除くルールには概ね否定的(私的権力の拡大に使える場合はこの限りではない)で、多くは(機能的に)小さな政府を志向する。

自由同士の緊張関係

原始的自由 vs 社会的自由(原始的以外の3つの自由)

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日本における最初の近代法は“仇討ちの禁止”だったらしいが、これは 原始的自由 vs 社会的自由 の関係においてたいへん象徴的なことだと思う。要するに、そんな感じで、個人の自由をある程度奪って、その代わり社会単位で自由を拡大しようぜ、そうしたら個人の自由も拡大されるよ、というのが自由の“進歩”の概略だった。

ただし、法的な自由の立場からは、原始的自由を奪いすぎではないかという視点も提示されている。

たとえば、(おカネを持っているのに、自由と称して)ホームレスになるのは軽犯罪法違反*2だが、これを認めようというリベラルもなかにはいる。社会的自由において、ヒトは市民であることを強いられる。市民は働いて納税し、政治参加(投票)をして、お金があれば家に住むべきである(なければ、行政に頼って仮の家を得るべきであるし、行政は完全でないにしてもそれを用意している)。よりよい政治のために知見も磨くべきである。

権利のベースライン向上するにつれて、社会的自由も拡充するが、それはそれで窮屈なことでもある。

小さな社会の自由(古典的な自由) vs 大きな社会の自由(経済的+法的自由)

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小さな社会(共和体)の自由なくして、大きな社会の自由はあり得ない。少なくとも、田舎のモノは都市に対して、中小企業の社長さんは大企業に対して、権利や自由を勝ち取るために立ち上がった最初の人たちはそれを受け継いだだけの人たちに対して、そう思っている。震災を見よ、経済インフラが破壊され、行政が機能しなくなったとき、社会の自由を維持したものは何か。それは人々の紐帯、絆、恩義、家族、地縁である。

――というのは(おもに原理的保守主義者の)一つの理屈だが、そのために小さな社会の自由にとどまろうという人は少なく、法的・経済的な自由が発展するにしたがって、古典的な・共同体の・ドメスティックな自由は抑圧されがちである。

まずは法的な自由との関係。

かつては「法は家庭に入らず」といった感じだったが、今では児童虐待が疑われるなら通報すべきとされている。喫煙家の肩身は年々狭くなるし、現在の世界的趨勢の中では、2次元美少女エロ画像の単純所持も早晩認められなくなるだろう。一つ一つはリクツで武装されており、それはそれで“当たり前”だともいえるが(異議の残るものもあるけど!)、“当たり前(普遍)”のベースラインが上がると、“時代遅れな”価値観の居場所は少なくなっていく*3

経済的な自由との関係も、これまたドライだ。

経済的に成り立たない文化は、いかに権威があろうとも新しいものにとってかわられる(大抵、行政が延命させる)。文化を買って、単なる経済的な興行にしてしまうこともままある。市場で評価されないものに価値はなく、情緒的・恩義的・権威的なものの多くは、よりドライなものに置きかえられたり、捨て去られたりしてしまう。

これら2つの自由――大きな社会の自由――が複合して、小さな社会の自由を制限することもある。

たとえば、小さな街にとって伝統のあるお祭りは町おこし(経済的復興)の数少ない切り札だ。そのため、宣伝して街の外から人を呼ぼうとする。すると次第に祭りは身内の楽しみから、外に向けての経済活動に変質していく。死人上等の危険な祭事は法的に制限され、いざ事故が起ころうものなら裁判沙汰になる。そうした祭りに愛着や権威を感じる住人は次第に減っていき、ますます形骸化していく。

とはいえ、経済と文化の関係でいえば、経済がサブカルチャーのような“小さな社会”を出自としない文化を生み、文化が消費を盛り上げる部分もあるので、まったくの敵対関係ということではない。緊張関係もあれば、共生関係もある。その点では、自由の生態系は自然に似ているようにも感じられる。

法的自由と経済的自由

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個人的な意見だが、文字と交易(経済)、法律はほぼ同時に生まれた。

ここからは妄想だが、文字は当初、自分だけのものだった。最初の文字は、相手へ与え、いずれ返してもらうはずの恩義を私的にメモするために使われたであろう。そして、恩義の返済が果たされないとき、彼は顔を真っ赤にして石板だかパピルスだかを持ち出して主張したに違いない。「ほら、ここに“鶏、3羽”と書いてある、ちゃんとメモしておいたんだ!」きっと相手はその場をのらりくらりと切り抜けてしまうのだろうが、次からの契約のときには、おそらく2つのメモ――つまり、契約書を交わそうと感じるに違いない。そうした過程で、まず数字が共通化され、鶏の表し方も合わせるようになり、契約書へ“神に誓って”“次の満月の日までに”“ウルクのギルガメシュから、エンキドゥへ”などと書き添える必要から文字が少しずつ整備されるようになったのではないだろうか。

話はだいぶそれてしまったが、要するに、法的自由と経済的自由は文字を介して兄弟のようなものなのではないだろうか。

しかし、残念ながらそれほど仲のよい兄弟ではないらしい。

歴史的に、法は経済を統制するために使われ、経済の肥大化によって破られてきた。法的自由にとって経済は所有と契約ですべてを運んでしまおうとする無秩序だったし(高利貸し、公害問題、資本の搾取などを見よ!)、経済的自由にとって法は“小さな社会”が既得権益を守るために持ち出す暴力装置だとしばしば見なされてきた(し、そのように利用されてきたことも少なくない)。経済学部生は努力に対する取得単位の弾力性を計算しながら楽して卒業したいなー、法学部みたいにガリ勉するなら下痢便した方がマシだなーと思っているし、法学部生は経済を法に従属するものと扱い、その学部生は文明と社会のルールに疎いサルだと思っている。なのに、大抵いっしょくたにされる(法経だぞ、ホーケイ)のはとても不幸なことだと思う。

雑な結び

一口に自由といっても、さまざまな自由があり、それらは歴史的発展の中で階層関係・緊張関係を成しながら発展してきた。

話は変わるが、自由には「~への自由」と「~からの自由」という分類もある。

しかし、人にはそれぞれ立場があり、求める自由も、守る自由も異なる。つまり、個人によって「~への」「~からの」というベクトルは異なるわけで、自分にはあまりいい分類には見えない。

むしろ、自分は今どの立場にいて、自由に対してどのようなベクトルを持っているかを自覚してみるとよいと思う(歳を食うにしたがってポジションやベクトルが変わることだってままある)。

  • おカネを稼げないわけでもないのにホームレスを好む人は、原始的自由に愛着を持っている(というか、社会的自由の基礎たる(まっとうな)市民(になれ)主義に馴染めないのに、もはや世界はほぼすべて市民社会に組み込まれているから、逃れるすべもない)
  • 保守主義者は、古典的自由を行き過ぎた経済とリベラリズム(法)から守ろうとしている。ホームレスは苦々しい存在だ
  • 共和主義者は保守主義者と同じ場所に立つが、権威主義を否定し、経済と法の自由拡大というベクトルを認めている(好きな立場なので評価が甘い)。
  • リベラリストは、保守主義・共和主義の価値観を時代遅れだと思っている。ネオリベラリズムは秩序を忘れた経済的サルの群れだ。
  • リバタリアンは、経済的自由以外要らなくね? と感じている(おれも昔はそう思っていた、経済学部あるあるだな)。が、アカデミズムでは保守主義者よろしく、権威とうまくお付き合いしているようだ。

自分自身にもポジションとベクトルがあるから公平なものの見方ではないが、まぁ、だいたいこんな感じだろう(共和主義者は、この拡大をやめない“自由空間”で、できるだけ真ん中のポジションをとろうとしてるんやね。どこが真ん中であるか、という問題で揉めたりするんやけど)。

ちなみに、技術的自由については今回オミットした。社会的な自由とそれを統一的に論じるのは難しいので。けれど、技術と社会は密接にかかわりあいながら進歩してきた。そういう視点の歴史書は最近(?)割と人気だと思うので、興味のあるヒトはいろいろ読んでみるといいと思う。自分もいろいろ教えてほしい。

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以前の視点を、今の考えで書き直してみた。死ぬまでにはもう少しいい感じに表現できるようにしたい。

*1:いい例が思いつかない……が、男子選挙は今でこそ制限選挙と非難され否定されるが、歴史の一局面では画期的なことだった。そんな感じ

*2:社会的自由の名のもとに制限されている

*3:参加する人が多くなればなるほど、自由の最大公約数は少なくなるし、少数意見も容れられにくくなる

Azure Web App+Job+Table Storage :Twitter の位置情報を拾ってマッピングする

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以前 WebMatrix+SQL CE で作っていたものを Visual Studio 2017 で編集したら、ランタイムだかライブラリのバージョンの食い違いで起動不能になった&いろいろ試行錯誤したけど Visual Studio 2017 から SQL CE(WebMatrix.Data)がうまく扱えなかったので、データを Azure Table Storage へ保存するように書き換えた。

ぶっちゃけよくわかっていないのだけど、ちゃんと動いているみたいなのでよしとする(ぉ

Twitter の位置情報

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Twitter の位置情報は

  • Place:大まかな位置を共有(矩形)
  • Coordinates:経度・緯度を正確に共有(点)

の2つがあるみたい。

面倒な話だが Coordinates はアプリで明示的に・共有する都度[正確な位置情報を共有]オプションを有効にしなければ共有されない(Foursquare/Swarm などのチェックインアプリでは共有されることもあるみたいだが、それはアプリの意図した動作だと思うので問題ない)。今回ほしいのは Coordinates なので、これを定期的に収集することにした。

public static void CollectCheckIns()
{
    // CONNECTION_STRING は Azure Table Storage の接続文字列
    //
    // Web Jobs プロジェクトを作成
    // ・単なるコンソールアプリみたい
    //
    // NuGet で
    // ・CoreTweet:Twitter のライブラリ
    // ・WindowsAzure.Storage
    // なんかをインストールしておく

    try
    {
        var account = CloudStorageAccount.Parse(CONNECTION_STRING);
        var client = account.CreateCloudTableClient();
        var table = client.GetTableReference("checkins");
        table.CreateIfNotExists();

        // めいいっぱいツイートをかき集めてくる
        var tweets = tokens.Statuses
            .UserTimeline(count: 200)
            .Where(_ => _.Coordinates != null);

        foreach (var tweet in tweets)
        {
            var entity = new CheckinEntity(tweet);

            var operation = TableOperation.InsertOrReplace(entity);

            table.Execute(operation);

            Console.WriteLine($"{entity.Url} is collected");
        }
    }
    catch (Exception exception)
    {
        System.Diagnostics.Debug.WriteLine(exception.Message);
    }
}

基本的な流れは簡単だと思った。Table Storage に保存するデータ(モデル?)を TableEntity の派生クラスとして定義し、InsertOrReplace 操作にそのインスタンスをわたし、実行するだけ。

モデルの定義には、引数のないコンストラクター(必須)と、使いやすいように引数を設定したコンストラクターを作り、後者で PartitionKey と RowKey(いずれも string 型、必須)を設定する。この二つのキーでデータを特定・範囲指定・並び替えするみたいだけど、よくわからんかったのでツイートの Id と CreatedAt をキーにしておいた。

public class CheckinEntity : TableEntity
{
    public CheckinEntity() { }

    public CheckinEntity(Status status)
    {
        this.PartitionKey = status.Id.ToString();
        // RowKey にスラッシュは含められない
        this.RowKey = status.CreatedAt.UtcDateTime.ToString("u");

        Id = status.Id;
        Text = status.Text;
        ScreenName = status.User.ScreenName;
        Latitude = status.Coordinates.Latitude;
        Longitude = status.Coordinates.Longitude;
        CreatedAt = status.CreatedAt.UtcDateTime;
    }

    public long Id { get; set; }

    public string Text { get; set; }

    public string ScreenName { get; set; }

    public double Latitude { get; set; }

    public double Longitude { get; set; }

    public DateTime CreatedAt { get; set; }

    public string Url { get { return $"https://twitter.com/{ScreenName}/status/{Id}"; } }
}

ちょっとハマったのは、RowKey にスラッシュを含められないこと。table.Execute() が 400 という HTTP ステータスコードを返して失敗するときは、このあたりを疑ってみるといいのかも。今回はスラッシュを含まず、並び替えにも使える書式 "u" で ToString() しておいた。

成功すると、こんな感じで Table Storage にデータが格納される。

f:id:daruyanagi:20170415165656p:plain

データを読み出す場合は、こんな感じ。

public static IEnumerable<CheckinEntity> Get()
{
    var account = CloudStorageAccount.Parse(CONNECTION_STRING);
        
    var client = account.CreateCloudTableClient();

    var table = client.GetTableReference("checkins");

    var rangeQuery = new TableQuery<CheckinEntity>();
        
    return table.ExecuteQuery(rangeQuery).OrderByDescending(_ => _.CreatedAt);
}

データが多くなってきたら、ちゃんと範囲を絞ってクエリしたほうがいいのかもしれない。

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あとはこれを JSON で吐くようにして――

var map_element = document.getElementById("daru_map");
var map;
    
var markerData;

var xhr = new XMLHttpRequest();

xhr.open("get", "/map/checkins", false);
xhr.onload = function(){
    markerData = JSON.parse(this.responseText);
}
xhr.send(null);

function initMap() {
    map = new google.maps.Map(map_element, { center: markerData[0], zoom: 15, });

    for (var i = 0; i < markerData.length; i++) {
        (function () {
            //マーカーの設定と作成
            var marker = new google.maps.Marker({
                position: {
                    lat: markerData[i].lat,
                    lng: markerData[i].lng
                },
                // title: markerData[i].title,
                icon: "/Assets/Marker.png",
                map: map
            });

            //情報ウインドウの設定と作成
            var infoWindow = new google.maps.InfoWindow({
                content: markerData[i].content
            });
                        
            //情報ウインドウのオープンをマーカーのクリックイベントに登録
            marker.addListener('click', function () {
                infoWindow.open(map, marker);
                setTimeout(function () { infoWindow.close(); }, 1000 * 3)
            });
        }());
    }
}

Google マップにプロットしてみた(情報ウィンドウは一つ開いたら一つ閉じるようにしたかったけど、なんかうまくいかんのでタイマーで閉じた)。

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テキトーだけど、今回はこのぐらいで。

追伸

Web Job の話をするのを忘れたけど、単に作った Job をアップロードしてスケジューリング実行するだけなので割愛。今は 3 時間おきにデータを収集するようにしている。