『[新訳]フロンティヌス戦術書』(と英雄カレス!!)

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[新訳]フロンティヌス戦術書 古代西洋の兵学を集成したローマ人の覇道

[新訳]フロンティヌス戦術書 古代西洋の兵学を集成したローマ人の覇道

本書は、帝政ローマ時代に生きたセクストゥス・ユリウス・フロンティヌス作の古典軍事研究書『ストラテーゲーマトーン』を、ハーバード大学出版部刊の「ローブ古典文庫」版のフロンティヌスの巻を頼りに和訳と注解を試みて、即物的に『[新訳]フロンティヌス戦術書』と題して刊行するものである。

マキャベリやモンテスキューらも、その近代政治哲学に想到するに先立ち、ローマ時代の史書や軍学書を渉猟していた。その参考書中に『フロンティヌス戦術書』もあることは、注意深い読書人には周知だが、その和訳書はなかった。マキャベリやモンテスキューが参考にした文献が日本語で全部読めるようにもなっていないのに、どうして日本人はマキャベリやモンテスキューを、あるいは西洋軍学を咀嚼できるだろうか。また、欧米指導者層の基礎教養について日本人だけが無知であることは、わが国に思わぬ損害をもたらしかねない。

訳者はこの『戦術書(Strategemata)』が邦訳されていなかったことにいたくお怒りだが、本書にでてくる戦例はリウィウスなど一次資料がから拾える子引き・孫引きばかりなので、訳されていなかったからと言って“マキャベリやモンテスキューを、あるいは西洋軍学を咀嚼”できないとは思わなかった。

訳もあまり質が高くなく、ギリシャ語の固有名詞が長音まで丁寧に記述されているかと思えば、英語に引っ張られた(?)読みも混ざっている。おそらく英語版からの重訳であることが影響しているのだろうと思う。あと、いちいち訳者の大好きな『五輪書』なんかの話を絡めてくるの鬱陶しい。訳者は“軍学者”だそうだが、正直胡散臭いところがあるかも*1。わいが適当に訳す漢文レベルだと思っていい。

とはいえ、内容は割と面白い。ギリシャ・ローマの将軍たちのエピソードが主題ごとに分けられているのだが、東洋でも似たような例が思い起こされていて“日のもとに新しきなし”だなぁ、と思わせる。個人的には、“味方の寝返りや失敗はうまく隠せ”という章でスッラが連続登場していたのが笑えた。彼は“幸運者<フェリックス>”を自称していたが、けっして運に恵まれていただけではない。逆境をうまく乗り越え、いなし、自分の利とする技に長けていたのだと思う*2

紙の本は1,200円するけど、Kindle Unlimited ならタダで読めるみたいなので、新幹線での暇つぶしなんかにはいい本だと思う。

ちなみに、著者は『水道論』で知られるフロンティヌス。プラエトルとしてブリタニアへ赴任した経験から、こうした戦訓集が必要だと痛感して本書を編んだものらしい。引用元に当たらず、記憶を元に記述したようで、随所に誤りは見られるが、彼は歴史を書こうとしたわけではないので許されるだろうと思う。むしろ、当時のエリートがいかに歴史に通暁し、そのエッセンスを実務に役立てているかがうかがえて面白い。

そして、英雄カレス

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本書に登場する武将は、後世に為になる戦訓を残すだけあって、スキピオ、カエサル、ポンペイウス、アルキビアデス、エパメイノンダス、イフィクラテス、アゲシラオスなど錚々たるメンツが揃っているが、そのなかにカレスが混じっていた。『ヒストリエ』ではネタキャラ扱いだけど、ちゃんと武将として見るべきところもあったんだなぁ。正直見くびって申し訳ない気持ちでいっぱいなので、手のひらを180度回転させつつ、彼の残した戦訓を引いておきたい。

戦力に自信が持てぬ時、野営地をどう守るか

アテネの将軍のカーレースが、味方からの援兵を待っていた。しかし、敵はこちらの小勢を侮って、先に攻撃を仕掛けてきそうだ。そこでカーレースは部下の一部に命じて、夜間、野営地の後方からこっそり出ていかせ、払暁後に、敵からよく見えるようにまた野営地へ歩いてこさせた。すなわち、カーレースの部隊が陸続と増援されているかのような印象を、敵司令官に与えようとしたのだ。この策略は、彼が真の援兵を得たときまで、奏功した。

(紀元前三六六~前三三八)

籠城軍を外に誘い出す罠

アテネの将カレス*3が、某沿岸都市を攻撃しようとしていた。彼は艦隊を岬の背後へ隠しておいて、もっとも快速な一艦に命じ、敵港前を横切らせた。これを見た敵守備軍は、いっせいに軍船をこぎだし、それを追いかけた。港内が留守になったタイミングでカレスは、艦隊を突入させ、港ばかりか、市街までも占領してしまった。

(紀元前三六六~前三三六)

カレスは華々しい活躍こそなかったものの、惨敗しても(仲間に責任を押し付けて)その都度生き延び、アテネの経験豊富なストラテゴスとして長く活動した。

ヒストリエ(9) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(9) (アフタヌーンKC)

*1:ちょっとした説明は注でなく本文に織り交ぜているようで、すんなり読めたのはいいところだと思う。元資料や年代がなるべく明記されているのもいい。もっとも、元になった英書の注釈を引いただけかもしれない

*2:彼が最高にフェリックスだったのは、あれだけ散々好き勝手しながら、晩年になって若いお姉ちゃんをゲットしたのみならず畳の上で死んだことだ

*3:本書ではこうした表記ゆれが見られるが、たぶん同一人物でいいと思う