『リヴァイアサン1』

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リヴァイアサン1 (光文社古典新訳文庫)

リヴァイアサン1 (光文社古典新訳文庫)

人間の技術はそれにとどまらない。模倣の対象は、理性を備えた被造物、すなわち自然の最高傑作ともいうべき人間にも及ぶのである。実例を挙げよう。まさに人間技術によって創造されたものに、かの偉大なリヴァイアサンがある。リヴァイアサンは国家と呼ばれている(英語ではコモンウェルスまたはステイト、ラテン語ではキウィタス)が、実は一種の人造人間に他ならない。自然の人間よりも巨大かつ強力であり、支援の人間を守ることを任務としているところに特徴がある。

題名を知らない人はいないのに、読んだ人はあまりいない本っていうのは割とあるけれど、たぶん『リヴァイアサン』もそれだよね。俺も読んだことなかった。『リヴァイアサン』は四部からなり、本書が第一部に当たる。

ところどころ面白いところはあるけど、第13章までは割と退屈。というのも、最初の12章はそれに至るまでの論証に過ぎないんだな。ゴールを示されずに延々と歩く感じがして、だるかった。解説から読んだほうがモチベーションが保てるかも。有名な「万人の万人に対する闘争」というフレーズは、第13章で初めて現れる。

以上のことから明らかであるが、だれもを畏怖させるような共通の権力を欠いたまま生活している限り、人間は、戦争と呼ばれる状態、すなわち万人が万人を敵とする闘争状態方抜け出せない。

ホッブズが「囚人のジレンマ」とか知ってたら喜んで研究しただろうなぁ。人間がその情念――敵愾心・猜疑心・自負心――に支配される限り、繰り返し囚人のジレンマゲームでいうところの裏切りあい状態になる。このような状態において「人間の生活は、孤独で、粗末で、不潔で、野蛮なものとなる。寿命は短くなる」。こうした状態から抜け出すには、“だれもを畏怖させるような共通の権力”が必要となる(個人的にはそうとは限らないと思うけど)。

死に対する恐怖心。便利な生活を送るのに必要なものを手に入れたいという願望。勤め励めばそれらのものを手に入れられるという期待感――。一方理性は、人々を調和に向けて促すのに好都合な平和の要目を教える。その方な要目は自然法とも呼ばれる

俺の用語でいえば、サルの自由を差し出して、ヒトの自由を獲得するのに、自然法・自然権の概念が必要とされるようになる。第十四章以降では、それらについて語られる。

なんか道徳的なものも交じってる気がするけど、サルの自由(個人的自由)の世界からヒトの自由(社会的自由)の世界へ向かうには、これらの自然法が守られるのが大事ってホッブズは考えた……らしい。