『メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明』

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メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)

メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明 (筑摩選書)

灌漑農業により余剰人口を養えるほどの農作物が得られるようになったので、ひとは余暇を得、また分業するようになり、多様な文化と都市、文明が次第に発達していった――という感じの説明はよく耳にするけれど、なんかこれおかしいよなって思うよね。

「お、ムギ豊作やな(^ω^)」
「おれ来年は働かんでええな、街に住んでフィギュアでも作るわ(^ω^)」

家族にこんなヤツいたら、フツーは殴るやろ。そもそも、人間なんてものは簡単には変われない。外の世界を知らなければ、農家で生まれたヤツはずっと農家だ。農業さえしていれば、狩猟・採集生活よりもいい暮らしができる。なのに、わざわざそれをすてて街に出て違うことする? そもそも街ってなんぞ?

まぁ、なにが言いたいかっていうと、ムギなんか作っていくら倉庫にためこんでも、文明なんか生まれないだろうってこと。

じゃぁ、なにが必要か? ――たぶんそれは異邦人だろうと思う。

侵略してくる敵がいるからこそ、防壁を築いて群れて暮らす。珍しいものをもってくる商人がいるからこそ、そこにみんな集まるし、農民も自分が食べるのに必要な量以上のムギを作ろうと頑張る(けっして身内からフィギュア職人を輩出するためじゃない)。そういう異邦人との緊張関係・交流関係こそが、文明の基礎になったんじゃないかな。異なる人たちと交流するからこそ、「自分たちは何なんだろう」と考えるわけだ。すると、そこからルーツを明らかにするための神話や、仲間の結束(と序列)を固めるための宗教が生まれる。信頼できないヤツらとの取引をメモするために、文字が必要になる。そういえば、ちょっと関係ないけど、こんな話もあったな。

自分はたまに「繋がりにこそ、機能が宿る」という表現をするけれど、機能(この場合は文明)というのは単体ではありえないんだな。なにかが繋がると発生する(ように人間には見える)のが機能なんだ。だから、機能(この場合は文明)を明らかにしたければ、それを生んだ(炙り出した?)繋がり(この場合は異邦人との緊張・交易関係)にこそ注意を向けるべきだろうと思う。

本書は、メソポタミアとインダスの繋がりに注目することで、その間にある文明を炙り出したっていう感じが、自分の感覚にぴったり合ってて、読んでて面白かった。

大河の恵みを受け、メソポタミアには人類最古の文明が誕生した。そこは農産物こそ豊富だったが、木材、石材、金属などの必要物資はほとんどなく、すべて遠隔地からの輸入に頼っていた。輸送を担ったのはアラビア湾の海洋民たちである。彼らは湾内に拠点を構え、遠くメソポタミアからイラン、インダス河流域まで出張して取引し、巨富を得ていた。一大交易ネットワークを築き上げた湾岸文明の実態がいま明かされる。考古学の新しい成果に文献史学の知見を援用し、農耕文明を中心とする従来の古代文明論に挑戦する大胆な書。

メソポタミアに世界最古の文明が生まれたのは、農作物が豊富だったこともさることながら、そこが“大陸を結ぶ十字路”だったからこそなんだろうと思う。エラムのひとたちが、ディルムンのひとたちが、はたまたインダスやエジプトの人たちが、陸や海(古代では海路の方が重量物を素早く移送するのに適していた!)を伝って集まったのがメソポタミアなんだな。

よく四大文明なんていうけど、その四つの大きな文明が成り立つためには、もっと多くの数の文明たちの繋がりが必要だった。僕たちはついついピラミッドみたいな“わかりやすい遺産”には恵まれた農耕文明に目を向けがちだけれど、それは非農耕文明が農耕文明ほど安定的ではなかく(農耕文明が凶作になればご飯が買えなかったかも……)、周辺の状況が変われば根拠地も変えざるをえなかった(ディルムンなんかがそうみたいだな)だけで、決して重要度で劣っていたわけじゃないっぽいというのが自分なりの収穫。メソポタミアとエジプトの関係や、ヨーロッパ方面とのつながりも知りたいものだな。

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というわけで、ディルムンやエラムのイメージはちょっとできてきたので、メソポタミアの文学なんかも読んでる。