モーム 『昔も今も』
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有り体に言ってしまえば、マキァヴェッリの作品群をバラバラにし、その代表的な戯曲『マンドラーゴラ』をベースに再構成した歴史小説。ニコロ・マキァヴェッリといえば、ルネッサンス時代・フィレンツェ共和国の外交官であり、革新的な政治思想家であり、無難な歴史家、才気あふれる喜劇作家、悲劇作家でもある。
正直なところB級な作品だと思ったけれど、うまく虚実取り混ぜて、歴史上のキャラクターを損なわず、実にいきいきと描いているところに好感がもてる。フィレンツェの書記官として、「ボルジアの毒」の異名をとるチェーザレ・ボルジアとの熾烈な外交折衝を行うかたわら、未亡人を口説いて「モノにする」ために狐の知恵を駆使する。そこでの言葉のやりとりがいちいちおかしい。
「でも、ニッコロ様、どうしてあの女が、バルトロメオ殿を憎んでいることがわかるんです?」
「いや、確信があるわけじゃない。あれはただのバカなお喋り女かもしれん。だが彼女が貧乏であって、彼が金持ちである、そして彼女が彼のほどこしで生きている、ということは事実だ。恩義の重荷を背負って生きるのは、これはなかなか辛いもんだ。_敵から加えられた危害なら簡単に許せても、友から与えられた恩義となると、簡単には許せないものなんだ_。」
ボルジアが、自身を題材とする『君主論』の言葉をそのまま借りて、その著者であるマキァヴェッリに説教を垂れる。マキァヴェッリはマキァヴェッリで、これまたどこかで聞いたような言葉で、従者に女の扱い方のコツを伝授する。
ストーリーと結末のおかしさもさることながら、一度でもマキァヴェッリの著作に目を通した人であれば逃れられない<トラップ>があちこちに仕掛けてある。『君主論』や『ディスコルシ』を読んだことのある人ならば、文句なく楽しめるハズだ。
こういった歴史小説を電車の読んでいて思わず吹き出してしまったのは、たぶん初めてだと思う。訳もこなれていて、翻訳特有の読みにくさというものはまったく感じなかった。オススメ。