市民について

執筆日時:

市民(英: citizen)都市(英: city)は、ラテン語 civitas や、古フランス語 cité を起源とする中世英語 cite を語源としているのだそうだ。つまり、もともと市民とは「都市に住むひと」の意味をもっていた。ムラからマチに出て知らない人と交わり、商業と軍事・政治に関わろうとした人達のことを、(西洋では)市民と呼んだ。このことは、同じく都市を表すπόλις(polis)政治(英:politics)の語源になっていることでもうかがえる。

ただ、その意味は時代を経て、社会が複雑化するのに対応し、さまざまな派生的な意味を持つようになってきた。ここに、「市民」という用語のわかりにくさがある。

たとえば、Weblio で Citizen (名詞)や Civil (形容詞)を調べるとこのように記されている。

citizen
音節cit・i・zen 発音記号/síṭəzn, ‐sn|‐zn/
【名詞】【可算名詞】
1(出生または帰化により市民権をもつ)公民,国民,人民.
用例 a U.S. citizen アメリカ合衆国国民.
2a(市や町の)市民,町民; 都会人.
用例 a citizen of New York City ニューヨーク市民.
b《主に米国で用いられる》 (軍人・警官などに対して)民間人,一般人. 3住民 〔of〕.

可算名詞としての「citizen」のイディオムやフレーズ
a cítizen of the wórld
[ラテン語「市民(権), 国家」の意]

citizenの意味 - 英和辞典 Weblio辞書

civil
音節civ・il 発音記号/sív(ə)l/
【形容詞】
(civ・i・ler,‐i・lest; more civil,most civil)
1【限定用法の形容詞】 (比較なし) 市民・公民(として)の,公民的な.
用例 ⇒civil liberty.
2(比較なし) 市民社会の; 集団活動をする.
用例 civil society 市民社会.
3(比較なし) (外政に対して)内政の; 国内の,国家の.
用例 civil affairs 内政問題, 国事.
4【限定用法の形容詞】 (比較なし)
a(軍人・官吏に対して)一般市民の; (聖職者に対して)俗(人)の.
用例 civil life 民間人[一般市民]の生活 (cf. civil 1).
b(軍用でなく)民間用の,民間人の.
用例 a civil airport 民間空港.
5a(不作法にならない程度に)礼儀正しい,ていねいな 《★【類語】 ⇒polite》.
用例 a civil reply 丁重な返事.
b【叙述的用法の形容詞】 〔+to+(代)名〕〔…に〕礼儀正しくて,ていねいで.
用例 Be more civil to her. 彼女にもっと礼儀正しくしなさい.
c【叙述的用法の形容詞】 〔+of+(代)名 (+to do) / +to do〕〈…するとは〉〔人は〕非常に親切で,好意的で; 〈…するとは〉〈人は〉非常に親切で,好意的で.
用例 It’s very civil of you [You're very civil] to help me. 私を助けてくださって本当にありがとうございます.
6(比較なし) 〈時間・暦など〉(天文時[暦]に対して)常用の (cf. astronomical 1).
用例 the civil day [year] 暦日[年].
7【限定用法の形容詞】 (比較なし) 民事の.
用例 a civil case 民事事件.

http://ejje.weblio.jp/content/civil

市民概念の歴史的解剖

「市民」は、城壁と秩序の「内」にあり、それ(≒社会)を支える資格*1と気概*2をもつ人のことを言う。それをとくに「公民」と訳す場合がある。なので、「市民」とは「~であるもの」ではなく、基本的に「~になるもの」だ。つまり、自覚的・能動的存在であり、この点で「民衆、庶民(people)」とは異なる。

そして、とくに civil の用法に注目して分類すると、少し面白いことが分かる。

  • (外政に対して)内政の; 国内の,国家の
  • (聖職者に対して)俗(人)の.
  • (軍人・国家に対して)一般(市民)の、民間の

古代(ほかの都市≒国家)中世(聖職界)近代(官僚機構・常備軍)といった、各時代における「個人的自由を抑圧するもの(≒権力)」との対比として使われているのが分かる。

古代では兵士=市民だった。ローマ市民権には「正規軍として参戦する権利」が付与されていた。なので、civil に「非軍事的な・民間の」という用法はなかっただろう。また、キリスト教が広まる以前の civil に「俗の」という用法はなかっただろう。つまり、これらの用法は後代になって付け加えられたものだと考えられる。歴史的にザックリまとめるとこのようになるだろう。

  1. 古代:(外敵)⇔ソトの人間とは違う人たち、自国の構成員
  2. 中世:(キリスト教)⇔俗世の人たち、少し飛躍して解釈すれば自治都市や皇帝派(ギベリン)
  3. 近代:(国家)⇔暴力機構としての国家に属さない人たち

国家が都市に収まるような時代では、市民と国家には一体的な関係があった。しかし、近代になって国家・経済が肥大化すると、「全体<マクロ>としての市民(国家・経済)」と「個人<ミクロ>としての市民」の関係に緊張が生まれる*3。前者の関係で生まれたのが市民法(私的自治、所有権、自己責任)であり、後者の関係の中で生まれたのが社会法(市民法を制限して個人の保護を図る)と言える。

右派と左派の間で“市民概念”の食い違いによって議論が成立しないことがよくみられるが、それは視座の違いによるのだろう。

  • 保守主義者(右派):古代的「市民」観。私的自治、所有権、自己責任。
  • 革新主義者(左派):近代的「市民」観。国家・軍隊・経済からの保護。

また、この中間的な立場に立つ人たちも多い。たとえば、“近代=肥大化した官僚機構・常備軍・グローバル経済”の一部だけを否定する革新主義者もいる。国家・軍隊は肯定するがグローバル経済は否定したい場合、「国家が一丸となってグローバル経済に対抗せよ」といった一種の鎖国主義のような政策を主張するだろう*4

しかし、核となる「市民」観とは、歴史的にみればやはり古代的「市民」観ではないのだろうか。

市民に要求される徳目

もう一つ興味深いのは、civil という言葉が、“都市に住むひと”に要求されるさまざまな徳目をも含んでいることだ。

  • 礼儀正しくて
  • ていねいで
  • 非常に親切で
  • 好意的で

同じく polis を語源にする形容詞 polite を辞書で引こう。

polite
【形容詞】
1a礼儀正しい
《★【類語】 polite は相手の気持ちを思いやり,礼儀をわきまえている気持ちを表わす; 従って,消極的に「失礼にならないような」の意にもなる,時に「外交辞令の」の意味もある; courteous は他人の感情・威厳などを傷つけまいとする温かい配慮を示す; civil は polite よりは冷たい感じの語で,無礼にならない程度に,また不快な感じを与えない程度に礼儀を守る.》
用例
a polite man 礼儀正しい人.
b【叙述的用法の形容詞】 〔+to+(代)名〕〔…に〕礼儀正しくて.
用例
Be politer [more polite] to strangers. よその人にはもっと礼儀正しくしなさい.
c〔+of+(代)名詞 (+to do) / +to do〕〈…するとは〉〔人は〕礼儀正しくて; 〈…するとは〉〈人は〉礼儀正しくて.
用例
It was polite of her to offer me her seat.=She was polite to offer me her seat. 私に席を譲ってくれるなんて彼女はなんと礼儀正しい人なんだろう.
2上品な,教養のある; 上流の (⇔vulgar).
用例
polite society 上流社会.
3〈文章など〉洗練された,優雅な.
用例
polite letters [literature] 優雅な文学.

politeの意味 - 英和辞典 Weblio辞書

  • 上品な,教養のある; 上流の
  • 洗練された,優雅な.

これは、<閉鎖的・排他的な、ドロくさい、洗練されていない>といったムラのイメージとの対比にもなっている。

「市民」という用語の曖昧さ

長くなってきたのでまとめよう。

「市民」は、本来<都市に住むひと>を意味した。しかし、時代を経るに従いさまざまな意味が付け加わっていった。身近にある脅威<ではないもの>、身近にはないが<どこかにはあるはずのもの>という対比の形で。

「市民」とは、つまり<都市に住むひと>がその時代時代で目指すべきと考えられてきた理想的<ありかた>を示す観念である。

だから、理想を異にする人たちの間で、「市民」という概念を共有することはできない。ただ、自分にとっての「市民」とは何かを示すことができるだけである。

*1:成年男子に限られた。財産の有無も問われたが、この制限は時代とともに解除されていった

*2:徳、Virtue は古代・ルネッサンス共和主義で強調された徳目

*3:マルクスならこの関係を「疎外」とでも呼ぶのだろう

*4:第二次世界大戦の原因となった思想だ