日記:定住と農耕

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また約束をすっぽかされたので、『人類史のなかの定住革命』の続きを読んでいる。

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

割と一般的な把握だと、文明の夜明けは農耕とともに始まる。

遊動 定住
狩猟・採集 農耕・牧畜

これを「新石器革命」と呼ぶ。

新石器革命(しんせっきかくめい、英語: Neolithic Revolution)とは、新石器時代に人類が農耕・牧畜を始めたことと関連して定住生活を行うようになった、一連の変革のことである。農耕・牧畜と定住のどちらが先かについては諸説ある。農耕の開始による観点から農耕革命(のうこうかくめい、あるいは農業革命とも)、定住生活の開始による観点から定住革命(ていじゅうかくめい)、食料(食糧)生産の安定化による観点から食料生産革命(しょくりょうせいさんかくめい)などとも呼称される。

新石器革命 - Wikipedia

しかし、定住していても農耕・牧畜をしていないグループも存在する。古くは縄文人、現在でもアイヌ人がいる。狩猟・採集をメインとしながら、定住を可能とする。一見、不可能に思えるが「サケなどの大きな魚類が高い密度で遡上するような場合」は十分ありうる(タラなどでもいいかもしれない)。この非農耕定住民を「漁撈民」としてしまうと――サカナを狙って集まるケモノも狩るし、採集も並行して行うわけだから、少し乱暴ではあるけれど――以下のように分類できるだろう。

遊動 定住
狩猟・採集 狩猟採集民 漁撈民
農耕・牧畜 遊牧民 農耕民

つまり、遊動≒狩猟・採集、定住≒農耕・牧畜という捉え方は少し雑なんだな。「新石器革命」は、この2つの軸―遊動か定住か、狩猟・採集か農耕・牧畜か―で考える必要がある。定住せずに農耕を行うことは一般的に難しいので(焼き畑などの事例が思いつくけど、簡便のために除外)、定住革命 → 農耕革命の順に起こったと考えることができる。

狩猟採集民 漁撈民 農耕民
自然の再生産サイクルを痛めないように定期的に移動 定住 大型の定置漁具を使用、食料の加工・貯蔵をはじめる 農耕 自然の再生産サイクルに頼るのではなく、自ら生産する

四大文明(死語)が(氷河期を脱した)中緯度帯に集中して発生したのも、こうした生き方の移り変わりを許す環境が整っていたからみたい(詳細は本読んで、ここでは省略)。

あと、一応念のために言っておくけど、「→」は発展段階を表しているだけで、ある生き方を進歩的で、ある生き方を未開で劣っているということを意味しない。発展段階が進んでも、みんながその生き方をするわけではなく、前の段階の生き方も社会に内包される(もちろんメインストリームではないが)。

さて、生き方の移り変わりは人々の哲学にも影響する。漁撈民(非農耕定住民)は自然を絶対的に信頼して、運命を受け入れる。その時その時を楽しむことを重視する。一方、農耕民は「未来を計画し、多忙な労働に耐え、蓄える民の自然観」をもつ。発展した社会は前段階の生き方をも内包するから、社会は発展すればするほど、いろんな生き方と、さまざまな哲学を内包し、相互作用し、加速度的に複雑化する。

「多様性の尊重」はなにも、遺伝的なバラエティを保持するための考えではない。一つの社会の中でいろいろな生き方を許容し(海や川を漁る、畑を耕す)、その成果を分かち合い(魚、コメ)、同時に哲学上のコンフリクト(繁忙期だけ働けばいい、常にコツコツ働くべきだ/運命を受け入れろ、未来を計画せよ)を押さえるために必要とされる「教義」なのだと思う。それは社会が発展し、複雑で多様になればなるほど、より重要になっていく。

並行して『日本社会再考 ──海からみた列島文化』をチラッと読んでたときも思ったのだけど、歴史をなぞるとき、僕らはメインストリームである農耕民(とその後継者――商業、工業、産業、サービス業、IT 産業――、そしてその支配者)のみに焦点を合わせがちだ。それはそれである意味仕方のないことだけど、狩猟採集民・漁撈民・遊牧民といったヒトたちのことがスッポリと抜け落ちてしまう点には注意しないとな。クチでいうのは簡単なんだけど、肌に感じて、実際の態度に反映させようと思うったら、もっといろいろな方向からモノを見るようにしなきゃいけない。

日本社会再考 ──海からみた列島文化 (ちくま学芸文庫)

日本社会再考 ──海からみた列島文化 (ちくま学芸文庫)

なお、すっぽかされた約束は、夕方に果たしてもらえるのだそうだ。ウナギをおごってもらうぞ、ジョジョー!