『占いと中国古代の社会』

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占いと中国古代の社会―発掘された古文献が語る (東方選書)

占いと中国古代の社会―発掘された古文献が語る (東方選書)

買っておいてなんだけど、自分にはまだ早かったらしく、よくわからなかった。そんなわけで面白そうなところだけゆっくり読んで、あとはテキトーに読み流した。作者の中の方、えろうすみません。

というわけで、個人的に「へぇ」と思った部分だけ抜き書きする。

漢高祖の諱(本名)

漢の高祖の名前は「劉邦」だといわれているが、実は『史記』にその記述はない。

高祖、沛豊邑中陽里人。姓劉氏、字季。父曰太公、母曰劉媼。其先、劉媼嘗息大沢之陂、夢与神遇。是時雷電晦冥。太公往視、則見蛟竜於其上。已而有身。遂産高祖。

『漢書』にも記載はなく、一番古いものは後漢の荀悦『漢紀』の記述なのだそうな。

漢高祖諱邦。字季。初昭靈后嘗息大澤之陂。夢與神遇。是時雷電晦冥。太上皇視之。見蛟龍臨之。遂有娠而生高祖。隆準龍顏。美須髯。左股有七十二黑子。寬仁愛人。有大智度。

出土資料から名前が「邦」であったことはほぼ確実とみられているみたいだけど(Wikipedia さんがそういってた)、この時代に出土した日書(本作の主題である、なんか占い関係の出土品)では諱が避けられていないのだそう(ちなみに始皇帝の本名「政」(「正」もついでに避諱)は避けられ、「端」に改められてた)。本当に「邦」って名前だったのかなー。調べてみると面白いかも。

もし本名が「邦」で、にもかかわらず避諱されていなかったとしても、なんかフツーに僕らが抱いている高祖像になんかフィットしてて、それはそれで面白いけれどね。「そんなめんどくせえこと、やんなくていいよ。っていうか、本名知らなかったら避けなくていいじゃん?」的なw

官吏の出張生活

本書では前漢期に東海郡で人事部長のようなことをしていた師饒という人物のお墓から見つかった「日記」が扱われている。これがちょっと面白かった。

荊軻が振り返らなかったのは

燕の太子丹が始皇帝(当時はまだ秦王)を暗殺しようと、刺客・荊軻を送り出すシーンは『史記』の名シーンの一つだと思う(引用は『戦国策』燕策)。

太子及賓客知其事者,皆白衣冠以送之。至易水上,既祖,取道。高漸離擊筑,荊軻和而歌,為變徵之聲,士皆垂淚涕泣。又前而為歌曰:「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還!」復為慷慨羽聲,士皆瞋目,發盡上指冠。於是荊軻遂就車而去,終已不顧。

「かくして荊軻は車に乗って去り、ついに振り返ることはなかった(於是荊軻遂就車而去,終已不顧)」。なんかこれ、単に「後ろは振り返らないマン」って感じに解釈していたけど、当時の風習だったんだな。

かつて自分の邑をでて旅に出るということは、つねに死の危険を伴うことだった。なので、旅立ちの際は「日書」(今でいう風水みたいなの)で吉日・吉方を選んだり、謎のステップ「禹歩」を踏んだりといった縁起を担いだ。ちゃんとこのあたりのことはわきまえていないと、当時のテキストを誤読する恐れがある。

関係ないけど、『史記』のこの下りの「図窮まりて匕首見(あら)はる」はマジ名文だな。このブログ書きながら読み返していたけど、本当に感心した。また今度触れよう(ぇ

風を移し、俗を易える

「風を移し、俗を易える」は政治の要諦だというが、風とは、俗とはなんなんだろうね。「風」は“やり方”“ムード”、今の日本語でいうところの「空気を読む」の「空気」に近いと思う。「俗」は“ならわし”“洗練されていない・権威のない・普遍的でない(⇔聖)”“リクツにもとづいていない(⇔理)”みたいな意味。

それはともかく、秦は六国を征服したとき、その課題に直面した(睡虎地秦簡「語書」)。

古は民にそれぞれ各地の郷俗があり、地域によってそれぞれ利するところ、好むところ、悪(にく)むところが異なっていた。これは民にとっても国家にとっても不都合だ。そこで聖王は法を作り、民心を強制し、邪な心や悪俗を除いた。それでも法律は不足し、その裏をかく民が後を絶たない。そこで間令が下されることになった。

まぁ、ナッシュ均衡みたいな関係を是正して Win-Win な方向へ向かわせるというのを、暗黙的ルール(雰囲気)と明文化されたルール(法律)の双方をもって行うということなんやろう。そのためには、不公平感がないこと・みんなが従っていること・普遍的なルールであることが大事だった。なので、秦は度量衡を統一し、刑罰を定めた。そのうちの施策として「時間(暦)の統一」というのもあったけれど、これを杓子定規に当てはめることには無理があった(まぁ、アメリカでタイムゾーンを統一するとか想像してみるとちょっとわかるかも。当時は“一年が何月で始まるか”すら地域によって違った)ので、その齟齬を埋めるための特殊法も作られたらしい。

いろいろ大変なことだなぁ、と思う(小並感