『空白の戦記』

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空白の戦記 (新潮文庫)

空白の戦記 (新潮文庫)

この本は @numa 氏にお勧めされて読んだ。

戦記文学に定評のある著者が、正史にのらない埋もれた戦争の真実を掘り起して、巨大な戦争の陰の部分に生きた人間たちのドラマを追求する戦争秘録小説集

なのだそうで。

「軍艦と少年」なんかはまさに“秘録”って感じかな。この話は 『戦艦武蔵』 - だるろぐ にも出てくる、戦艦『武蔵』の設計書の一部を焼いて厳罰を受けた少年の消息を追いかけた後日譚だが、落ちもなく、ただ虚しいだけの読後感が印象的だった。一部の人が好みそうな“本来なら幸福に終わる人生が戦争に捻じ曲げられる”というストーリーでもない。戦争がことを大きくしたきらいがないではないけれど、平和な時代であってもこういう軽率で、しかしそれに対する報いが理不尽にも大きいという不幸なタイプの人間は少なくないのではないだろうか。ただ、こういう人の人生が、歴史の片隅に埋もれそうな小さな事件と交錯し、炙り出されるという例はあまりないように思う。

「艦首切断」と「顛覆」は、それぞれ 第四艦隊事件 - Wikipedia友鶴事件 - Wikipedia を扱った小話。いずれも帝国海軍の艦船設計に大きな影響を与えた事件なので、興味がある人は読んでみるといいかもしれない。小説として筋立って描かれるとずいぶんわかりやすいものになるのだなと感心した。

「敵前逃亡」「太陽を見たい」は沖縄戦のエピソード。「敵前逃亡」は最悪の読後感だが、一応フィクションとのこと。まぁ、でも実際にこういうことはあったのだろう。正直何回も読み返したいとは思わない。「太陽を見たい」は“伊江島”(この島は名護市のある半島の沖に、まるで空母のように浮かんでいる島だ)を舞台にした玉砕戦を“シゲ”という女性の目線から記録したもの。

「最後の特攻機」は、海軍中将・宇垣纒が終戦の日の夕方に行った自殺的な特攻を描いた小編。結局、自分にはこの人が偉かったのか、無能な陶酔者なのか、さっぱりわからなかった。自分なら玉音放送のあとなのだから停戦命令を守り、責任を取って死ぬとしてもだれも道連れにせず独りで死にたいと願う気がするが。戦争が終わったにもかかわらず、味方を死なせ、敵を殺すという行為の是非について、どう考えて正当化し、出撃していったのだろうか。

平和な世界でぬくぬくとしている人間には彼らを批判する権利はないのかもしれないが、解せぬことだと思う。