『ルネサンスの女たち』

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ルネサンスの女たち (新潮文庫)

ルネサンスの女たち (新潮文庫)

塩野七生ばあさんの処女作らしい。ナナミばあさんの本は中学時代から、あまり興味を持てない日本人論・リーダー論なんかを除いては大抵読んでいたと思ったけれど、本作は意外なことに読んだことなかった。

ナナミばあさんの本で個人的なイチオシは、なんといっても『コンスタンティノープルの陥落』から始まる三部作。小説的な面白さはこの三作に尽きると思う。

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)


ロードス島攻防記 (新潮文庫)

ロードス島攻防記 (新潮文庫)


レパントの海戦 (新潮文庫)

レパントの海戦 (新潮文庫)

逆に言えば、そのほかは小説的な面白さよりも、歴史的な面白さが勝っている感じ。『ルネサンスの女たち』も、人物描写やシナリオ構成で魅せる小説タイプではなく、“歴史読み物”っぽい部類に入ると思う。

話は変わるけれど、同じ“歴史読み物”でも司馬遼太郎さんはとても“語り”がウマい。とくに“寄り道”“繰り返し”がウマい。本筋の合間にわざと“寄り道”を挟むことで、人物・事件のディテールを読者に印象付ける*1。そのために有効ならば、“繰り返し”も辞さない。まるで、油絵で絵の具を重ねるように。そして、ヒョイと本筋に引き戻す。「閑話休題」。これが小憎らしい。

シナリオの進行が早過ぎると(これは「ゆっくり読めばいい」という話ではない)、ついつい読者は何がなんだかわからなくなって混乱してしまうのだけれど、司馬遼太郎さんの場合は、この“寄り道”“繰り返し”のお陰で、いつでも頭の引き出しから「あぁ、あれね」と色付きの記憶を引き出せる。ほかの作家だったら「あれ、なんだっけ」とページを戻るところだけれど、それをさせない上手さがある。

しかし、ナナミばあさんの本はまったく違う。

イチオシの三部作を除けば、たいていはイレコミ過ぎ。「わたし、この人物が好きなの! どうどう? スゴいカッコいいでしょう!」。あれだけ『ガリア戦記』の間の空け方を褒めておいて、自分はあまりそういうのができないというのがちょっと微笑ましい。

まぁ、それが魅力でもあるんだけどね。一緒になって「せやな、せやな!」と読み進んでもいいし、「イレコミ過ぎやろ!」とツッコみながら生暖かい気持ちで読んでもいい。『ルネサンスの女たち』で言えば、イザベッラ・デステの章が「イレコミ過ぎやろ!」で、カテリーナ・スフォルツァの章が「せやな、せやな!」といった感じ。最後のキプロス女王の話は、人物より背景に興味のフォーカスがあっているみたいで、そりゃ『海の都の物語』を書かざるを得ないよな、と思った。

*1:坂の上の雲』でバルチック艦隊が日本に迫っているのに、明治時代の気象予報の歴史をしたりするとこととか