純粋理性批判の復習(2)

執筆日時:

純粋理性批判〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
イマヌエル カント
光文社 ( 2010-01-13 )
ISBN: 9784334751982

[『純粋理性批判』 の復習](http://blog.daruyanagi.net/archives/382) の続き。本の中で言えば、それよりも前の話になるけど。

カントに言わせると、総合と分析、事前(ア・プリオリ)と事後(ア・ポステリオリ)で僕らが行なっている判断を分類できる。

ア・プリオリ(経験ナシに) ア・ポステリオリ(経験に基づいて)
分析 ア・プリオリな分析判 ア・ポステリオリな分析判断
(論理的真理) (分析に経験は関係ない)
総合 ア・プリオリ総合判断 ア・ポステリオリな総合判断
(形而上学。認識の拡張!) (日常的な判断、自然科学)

ア・プリオリな認識は、経験の助けなしに行う普遍的な判断。

ア・ポステリオリな認識は、経験に基づく判断。

分析判断は、言い換えれば純粋・記号的な「論理」に基づいた判断ということになるのかな。限られた今もっている道具を組み合わせるだけ、主語に含まれた述語を取り出すだけ。なので厳密だけど、認識に対して何ら新しいものを付け加えない。分析判断は本来的にア・プリオリ(経験ナシに)であり、経験に基づく分析判断というのはありえない。

総合判断は、分析的ではない判断で、複数の概念を組み合わせて行われる。一般的にア・ポステリオリな判断であり、表で言えば右下に位置する。

カントまでの理性主義者は左上のマスを、経験主義者は右下のマスを重視しすぎたといえるかな。

しかし、カントによると、そのどちらでもない左下のア・プリオリな総合判断ってのがあって、それが哲学にとって大事なんだという。